わたしのはなし3 | ナノ





 三人の生活に最初は全員が慣れませんでしたが、少しずつ『家族』の形をなぞりつつありました。
 しかし、共に過ごすようになってはじめて気付く障害もありました。

 ひとつめは彼女、雅さんのことです。少しばかり特殊ではありましたが、もともとは愛し合って結婚したのですから、夜の生活(というとなんだかとたんに生々しいですね)があってもおかしくないとは思うのです。しかし彼女はそれを拒みました。前の男に捨てられたことが未だにトラウマとして残っていたのかもしれません。私も彼女を傷つけてまでセックスを求めたいわけではありませんでしたから、毎晩彼女を抱きしめて眠るだけにとどめていました。
 そうしたら、ある晩のことです。なんだか布団がいつもより広い気がして目を覚ますと、彼女がベッド脇に座ってひとり静かに涙をこぼしているのです。どうしたのだろうと彼女の手に触れると、彼女はあのときのように「ごめんなさい」と言うのです。一体どうしたのですか。なにか辛いことがあったのですか。すると彼女は私の手を強く握って言いました。「本当はな、ウチ、いますぐ比呂士に抱いてもらいたいんよ」。「だって夫婦なんに、愛してるんに、何もないって変じゃろ」と彼女が呟くのです。ああ、そうか。もうひとつの可能性の方もなんとなく感じていました。あなたは、私との間に子どもができてしまうのが怖いのですね。実際に血の繋がっている娘や息子が生まれると、私が実里さんを愛さなくなるのではないかと心配なのですね。ああ私は、あなたに不必要な心配をかけて、またあなたを泣かせてしまいましたね。ねえ雅さん。無理はしなくていいのです。私はあなたを愛しています。あなたを裏切るようなことは絶対にしません。だから、心配なら、私との間に子どもなんていなくてもいいじゃないですか。セックスなんてしなくたっていいじゃないですか。私にはあなたがいる、実里さんもいる。それだけでじゅうぶんすぎるくらいに幸せなのですから、これ以上望んだりしませんよ。罰が当たりそうですから。確かに私と実里の間に血の繋がりはありません。ですがそれがなんだっていうんですか。血の繋がりがないから愛せないんですか。そんなこと誰が決めたのですか。私は実里を、本当の娘だと思っていますよ。生まれてから四年間の空白を悔やむくらいにあの子のことが愛しくてたまらないのです。だから、ね、雅さん。そんな心配しないでください。子どもを作るのはやめましょう。私は自分の遺伝子を無理に残そうとは思わないのです。だって実里がいますから。ね? そういって私は、未だ泣き続ける彼女を抱きしめることしかできませんでした。

 ふたつめはそうです、あの子、実里さんのことです。
 四歳と、ただでさえ多感な時期なのに、私が入り込んでしまったことで何か無意識の葛藤があるようでした。無意識なので言葉にも行動にも表れません。雅さんが私を愛してくれるので実里さんも自然に懐いてくれましたが、まあ、彼女からしたら当然ですね、「パパ」と呼んでもらえません。私のことは「ひぃろ」と呼んで、それもじゅうぶんに可愛いのですが、なんとも言えない侘しさがありました。なんとなく距離を置かれているように思ってしまって、私も実里さんを呼び捨てにすることができませんでした。雅さんの前では実里と呼んでいましたが、本人を目の前にするとどうも駄目です。本当に情けない。私がこんなだから、雅さんも余計な心配をすることになるのですね。もう独身の頃ではないのだから、私も家庭を持っているのだから、旦那であり一児の父なのだから、しっかりしないといけませんのに。





 そんな感じで、傍から見るとごく一般的で幸せな、内面を知ると不器用で不自然な家族だったのだと思います。精一杯家族らしく“演じていた”ようなものですから。
 しかしそれを打ち破るような嬉しい事件があったのです。

 きっかけは、私です――と言えたら格好がついたのかもしれませんが、残念ながらそうではなく、なんとあの実里からでした。先日、といっても半年ほど前のことなのですが、めでたく五歳になりました。その時もまだなんとなくいびつな形をしていた私達家族は、出掛けるのもなんなので自宅でささやかなパーティーをしました。その時、まったく情けない話ですが、実里が結局欲しいものを言わなかったためにプレゼントを用意できなかったのです。物欲がないわけではありません。あるにはあるらしいのですが、「たんじょうびまでいわない」の一点張りでした。本来ならこっそり聞き出して用意すべきところなのですが、あまりにも頑なに黙っているのでそのまま当日を迎えてしまったわけです(ちなみに、雅さんでさえも聞き出せなかったようです)。これではサンタクロースも務まりません。しっかりしないといけません。それでです、記念すべき五歳のお誕生日の当日に何もすることができなかったことを申し訳なく思いながら、雅さんと二人で「何が欲しいの?」と聞いたのですが…………なんと言ったと思いますか?
 ――「おとうとかいもうとが、ほしい」と、そう言ったのです。
 驚いて、思わず聞きかえしてしまいました。雅さんの顔を窺うと彼女も同様に驚いていました。今、この子はなんと言いましたか? 私の都合のいい空耳でしょうか。けれど、それにしては雅さんまで驚くなんておかしな話です。
 どうして欲しいのですか、と私が聞いたのだったかそうでないのかはもう記憶が曖昧です。しかし実里は話してくれました。「あのね、みー(あの子は自分のことをそう呼びます)は、ひぃろのこどもじゃないでしょ?」私は少し哀しくなりました。けれどどう頑張ったって実里と血の繋がりを作ることはできませんから、仕方のないことです。雅さんが何か言おうとしたのが分かりましたが、私が止めました。今は実里の話を聞く方が大事だと思ったのです。今まで一度だって言ってくれたことはありませんでしたから。
 そうしたら実里は、また予想外のことを言いました。

「でもね、ひぃろとままのこどもできたら、ままのこども、ひぃろのこども、みーのおとうとかいもうと。みんなかぞく。みーもひぃろのこどもになれる?」

 ――子どもというのは、親の見ていないところで、たくさんのことを見て聞いて、知るものだとは思っていたのですが。それにしても、四歳から五歳というのはこんなにも大きな一年なのですか? ねえ、私は夢を見ているのですか?
 娘の結婚式に泣く父親はよくいるのだと聞きます。しかし娘の誕生日の、しかもまだ五歳ですよ? に、泣く父親がいてもいいものでしょうか。本当に私は幸せをもらってばかりなのです。全然与え足りない気がするのです。たくさんもらいすぎてお返しに困ってしまいます。
 雅さんも泣いていて、私も涙を止めることのできないまま、実里を抱きしめました。きつくきつく抱きしめました。

 ――そんなものなくたって、とっくに。



「……実里は、今でもじゅうぶん、私の大事なだいじな娘ですよ」



 ああ、私ったら本当に。





「ありがと、ぱぱ」





 情けない父親だと思うのです。いいえ、その時はじめて、情けない父親になったのです。私はそれまで、所詮は父親面をしていただけだったのかもしれません。
 私はやっと、父親になることができました。



 その日から、何か心にあった空洞みたいなものが完全に塞がりました。私はあの子を実里と呼んで、あの子は私をパパと呼ぶ。雅さんからもときたま夜のお誘いを頂けるようになりました――というのはまた、別の話ですね。










 朝目覚めた時、隣に愛する奥さんと娘がいるということはとても幸せなことだと思うのです。
 今日は私と妻の結婚記念日なのです。私が朝食を作り、後片付けは実里も手伝ってくれるのだそうで。それが終わったら三人でドライブに行く約束をしています。妻がようやく、安定期に入りましたので。ああ、そうです、めでたく二人目を、ね、授かることができまして。ですから正確に言うと四人でドライブです。車酔いを起こしてはいけないのであまり遠くまでは行きませんが、久しぶりの休日ですから、羽を伸ばして来ようと思います。今のうちに実里の我侭を聞いておいてあげないといけません。二人目が生まれたら構ってあげられる時間がどうしても減ってしまうでしょうから。あの子はしっかりしているので、きっといいお姉さんになってくれるでしょう。





 申し訳ありませんでした、結局こんなに長居させることになってしまって。お詫びに紅茶をもう一杯いかがですか? 要りませんか、そうですか。それでは仕方ありません。長話に付き合わせてしまい本当に申し訳ない。もしくだらないと思ったのなら、それはそれでかまいません。ですが私には言わないで頂きたいのです。だって私にとってはかけがえのない幸せなストーリーですからね。そういうものは心の中でだけ、こっそりとお願いします。










わたしのはなし










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詰め込み過ぎた感。でも満足。
綺麗事かもしれないけれど、こういう幸せがあっても良いと思った。

2011.6.3.

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