笑顔が消えた日 | ナノ







 ――それにしても、今日は本当に良い式でした。空はこんなにも高く青く雲ひとつ見当たりませんし、それでいて陽射しは強すぎず穏やかです。ほら、耳を澄ませてごらんなさい。遠くで小鳥のさえずりが聞こえます。まるで祝福でもしているかのよう。きっと彼等も今日の晴れの日を喜んでいるのでしょうね。幸せが増えることは実によいことです。こんな日には公園で木漏れ日を浴びながら読書でもしたい気分になります。紅茶なんかがあると尚いいですが、そこまでの贅沢は言ったりしません。せっかく気分が良いのです、小言を言うだけ時間が勿体ないというお話でしょう。この辺にしておきましょうね。そうだ、今日は創作意欲も湧きそうです。今とても肌触りが優しく気持ちのよい風が吹いたでしょう。今ので何か書けそうな気がするのです。ふふ、またポエムノートが埋まってゆきますね。それだけ思い出の数も増えていくのだと思うと、非常に感慨深い何かがあります。このノートは私にとってアルバムのようなものでしょうか。何にも代え難いものだと思っていますよ。皆さんと一緒に一ページずつ眺めたい気もしますし、私だけの楽しみにしておきたい気もしますね。こんな考えは紳士らしくないのかもしれませんけれども。
 どうしたのですか切原君。そんなに目に涙を溜めて。こんなに日和が良いのに、何をそんなに哀しむ必要などあるのです。ほら、ハンカチを貸してあげましょう。涙をお拭きなさい。大丈夫ですよ、一度も使っていませんから綺麗です。さぁ遠慮なさらず。あなたは少し生意気なくらい勢いがある方がよく似合っています。おっと失礼、言葉が悪かったかもしれませんね。決してけなしてなどいません。むしろ最大級に褒めているくらいの気持ちです。いつまでもそんな顔をしていたら真田君に怒鳴られてしまいますよ。ね? おや真田君、貴方までどうなさったんですか、先程から何も仰りませんね。貴方には笑ってとまでは言いませんが、もう少し肩の力を抜いてリラックスなさったらどうです。そんなに眉間の皺を深くなさらないで。更に老けて見えてしまいますよ? ふふ、申し訳ありません、失言でした。けれども、今日の貴方は不思議と穏やかに見えます。とてもいいことです。こんないい日なんですから。貴方はもう少し息抜きを覚えた方がいいですね。きっと疲れてしまうだろうから。それから……え? どうなされました、丸井君。何かありましたか? ……はあ、お心遣いありがとうございます。ですが無理をするなと言われましても、何の話をしているのだかさっぱり意味が分からないのです。申し訳ありません。私の理解力が不足しているばっかりに。ああ、あなたもこんなに目を腫らして。眠れなかったのですか? 夜中にお腹でも空いてしまったのですか? 仕方がありませんねぇあなたって人は。けれどもあなたはそのままの姿がいいですよ、きっとね。……柳君? 深刻な顔をしてどうしたんですか? 万が一私が何かまずいことを言ったのなら直ちに仰ってください、誠心誠意を持って謝罪させて頂きますので……いい加減にしろ? 幸村君まで……一体何のお話ですか? 落ち着きましょう、皆さん。何があったかは存じ上げませんが、そんな調子じゃ全国三連覇が手の届かない夢になってしまいます。ほら、いつもの気合でいきましょうよ、皆さん。
 ――おや、あそこにいらっしゃるのは仁王君のお母様でしょうか? 相変わらず目鼻立ちが整った方ですね。仁王君はお母様によく似ていらっしゃる。ですが、どうしてあの人も泣いているのでしょう。何かあったのでしょうか。誰よりも大事な仁王君の大事なお母様なのですから、私がしてあげられることがあるなら何でもして差し上げたい。そういえば、先程から仁王君のお姿を見かけないのです。まったく、どこに行ってしまったのでしょうね彼は。今日は絶好のシャボン玉日和になるでしょうに。彼が戻ってきたら一緒にお散歩でもいたしましょうかね。シャボン玉を飛ばす彼の隣で是非ポエムを読んでお聞かせしたい。きっと相変わらずだと呆れられてしまうでしょうが……。
 本当に、どこをほっつき歩いているのだか。
 仁王君?

 ――仁王君?










笑顔が消えた日










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柳生って意外に弱いのではないだろうかと。一度壊れてしまうと一気に崩れてしまう脆さ。

2010.6.18.

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