あなたのためにできること | ナノ


 平均より長めの銀髪。
 色素の薄い肌と瞳。
 構って欲しい時に頬杖をつく癖。
 先生には内緒で野良猫に餌をやっているところ。
 屋上で眠って、そのまま授業をサボるところ。
 誰に対しても悪戯を仕掛ける、そういう困ったところまで。

 いつの間にかあなたの全てが、私にとって――










あなたのためにできること










 八月も終わりに近付いている、とは到底思えないほどに暑い日。私はいつもと変わらず、お世辞にも正しいとはいえない姿勢で三歩分程前を歩く仁王君を追うようにして歩く。並木道には色鮮やかな百日紅が咲き、私の目を飽きさせない。

 途中まで帰路が同じ仁王君と私が二人で帰るのはもはや日課になっていた。別に約束はしていないのに、どちらかが遅くなるようなことがあればもう一方が待つというのが暗黙の了解のようなもので。まぁ彼は委員会に所属していないので主に待たせるのは私なのだけれど、何故だか彼は一度も私を置いて帰ったことがない。何かを見計らったようにちょうど終わった頃にひょっこり現れ、「よ、柳生」だなんて私に声を掛ける。そんな時の彼の表情は誰かを欺く時とはまた違った種類の笑顔で、ほんの少しだけ対応に困る。迷った挙句、帰りましょうかとただ一言で済ませる私が何故だか情けないけれど、さすがに仁王君も慣れたことだと思う。
 一緒に帰るといってもこれといって何かを話す訳ではなく、お互いが話す日もあれば、二人して黙ったまま並んで歩く日もある。そして、それが決して苦痛にはならないのだから不思議だ。

 今日の仁王君は馬鹿な話ばかりをして笑っている。夕日に照らされる彼の横顔は綺麗で、思わず目を細めた。
 彼は私の方に振り返り、そして。

「……柳生。頭に花弁ついちょるよ」
「は?」
「あー、じっとしんしゃい。取っちゃるき」

 そもそもそれほど動いていなかったのだけれど、きっといつも切原君や丸井君を相手にしているので癖みたいなものだろうか。あえて何も言わなかった。
 彼の左手が伸びてきて、私の髪に触れる。
 ――時間が止まった、気がした。

「んー、取れた。お前さんってたまに抜けとるとこあるよな」

 紅色の花弁をつまみひらひらとさせて笑った瞬間、仁王君の瞳が……揺れた。

「さ、帰るぜよ」
「……仁王君」

 私にペテンは通用しませんよ。

 驚いたように目を見開いて私を見る彼の表情が、確信になる。

「……やれやれ。今回だけは騙し通そうと思ってたんじゃけど」
「甘いですね」
「どうやらそうだったようじゃな。あーあ」
「……無理、しなくていいんですよ?」
「阿呆。誰が無理してるって」
「仁王君」

 先程から目を合わせてくれない仁王君に向かい合うようにして、名前を呼ぶ。

 ――ぷつん。
 何かが切れたようだった。

 彼の頭が、私の肩にもたれかかる。

「責任とりんしゃい。……五分でエエけぇ」
「五分でも十分でもどうぞ。それでお気が済むのなら」

 あなたのために何ができるかなんて、そんなの分かりやしないけれど。

「……『散れば咲き 散れば咲きして 百日紅』」
「何じゃい、いきなり」
「加賀千代女が歌った俳句ですが」
「知ってる。って、そうじゃのうて」
「散ったらまた咲けばいいんですよ。この百日紅のように」
「……これだから柳生は嫌いじゃ」
「はいはい、何とでも言ってください」
「阿呆が……」


 極端に『自分』を見せない彼だから。
 見せるのを嫌がる彼だから。

 せめて傍にいて、彼の涙を隠すくらいは。



 平均より長めの銀髪。
 色素の薄い肌と瞳。
 構って欲しい時に頬杖をつく癖。
 先生には内緒で野良猫に餌をやっているところ。
 屋上で眠って、そのまま授業をサボるところ。
 誰に対しても悪戯を仕掛ける、そういう困ったところまで。

 いつの間にかあなたの全てが、私にとっても全てになっていたから。


 伸びた影が夕刻を知らせる。
 どこからともなく吹いた風が、その紅色の花弁を――踊らせた。










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イメージは庭球歌劇ベスアク「I SOULD」から。
2010.5.11.

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