Kid | ナノ


「仁王はなして銀髪なん?」

 とてもじゃないが同い年には見えないアイツにそう聞かれたのは、出逢って三ヶ月くらいの時だった。何の脈絡もなく突然口にした奴は特に深く考えてなどいなかったのだろう。平然を装って「似合うとらんか?」と誤魔化したが、その“無意識”が酷く恐ろしかったのだけは確かだ。



 どうして奴とこれほどまでに親しくなったのか、思い出そうとしても決定的な事柄は思い浮かばない。クラスどころか合同体育でも同じになったことはなかった。もっともアイツも俺も数える程度しか授業に顔を出していなかったのだが。
 初めて出会ったのは屋上だった。その学校の屋上はよくできていて、どんなに太陽光線が強い日でも、季節・時間を問わず日陰になっている箇所が僅か畳二畳分くらいだが存在した。丁度そこで昼寝をしようと仰向けに寝転んでいたら、突然視界に入る影が濃くなった。

「珍しかね、先客とや?」

 その時俺は対応できないまでに眠くて仕方がなくて、誰か来たのかと思うが早いか夢の世界に片足を突っ込むが早いかという状態だった。
 正直幻でも見たのだと思っていたので、くすぐったい感覚に目を覚ました時、目の前に身体がクソ程にデカイ男がいたのには心底目を疑った。奴は俺が寝そべる隣に胡坐をかいて座り、何をするでもなく指先で俺の髪を触っていた。妙にこそばゆかった原因はこれか。

「……なん? セクハラ?」
「はは、酷かねぇ。俺の場所に先に入ってきたんはそっちたい」
「入るってどこに」
「ここ。俺ん特等席」

 そう言って眉を下げて笑った男は掘りの深い精悍な顔付きをしていて、男の自分から見ても男前だと思った。着崩された制服と片一方にだけ付けられたピアスがその優しい表情に似合っていなくて滑稽だ。
 そもそも学校は公共の場なのだから俺の場所もへったくれもあるか、とは思ったが変な形で絡まれても困るので適当に謝ってその場を離れ……ようとして呼び止められた。

「お前さん美人やけん、いつでも来てよかよ。特別」

 なんだコイツ、モテそうなのに男色か。
 俺が(恐らく)怪訝そうな顔をすると、相手にも伝わったらしい。くしゃっとした笑顔を浮かべた。

「ただの気まぐれ」



 それから俺が屋上に足を運ぶと、計ったかのように奴がいた。何かとりとめのない話をする日があれば、奴が眠っている隣で静かにシャボン玉を膨らましていた日もある。ただ同じ時間を過ごした。
 千歳、と彼は言った。名前以外のことは教えてくれなかった。今思うと、お互い縛らないその距離感が奇妙なくらいに心地よかった。

 だから、奴が初めて俺にした質問には二重の意味で驚いた。奴が俺の領域に踏み込んでくるなんて考えてもみなかったのだ。

「似合うとらんか?」
「んにゃ、たいぎゃよう似合うとる」
「やったらよか」
「ばってん、俺は仁王がこげん髪色しとらんでも見つけられっとよ」

 何かが崩れる音がした。

 自分の家族は転勤族で、それに伴って俺も転校を繰り返した。同じ場所に一年居られれば良い方で、早い時は二ヶ月経たないうちに去ることになる。
 最初の方こそ「手紙を書くよ」などと言ってくれていた友人もそれぞれの場所にいたが、今では年賀状すら届かなくなった。
 そこで気付いた。仲良くなるから別れが辛いのだと。一箇所にとどまらないのなら仲良くなっても意味がない。どうせ忘れられるのだから。
 転校初日こそクラスメイトは珍しいもの見たさで群がってくるが、仲の良い奴なんてその頃には決まってしまっているので三日もすれば落ち着く。ただの教室の備品、空気みたいな奴に変わることができる。
 一人を好むようになったのはそれからだ。

 だが、所詮人間というのは自分だけでは生きられないのだと思う。ましてや中学生なんて子供だ。誰かと関わり合いを持ちたいと考えてしまうのも無理はない。結局意地を張っていただけなのだ。そしてその意地はとてつもなく脆い。
 俺は衝動的に髪を銀に染めた。茶でも金でもなく、銀色。滅多にいない色。俺が少しでも存在した学校の誰かが銀髪の人間とすれ違った時、そういえばあんな転校生いたよなとふと思い返してくれたら。
 そんな藁にもすがる想いだったのかもしれない。一人が好きなのに独りが嫌いな俺だから。


 だから、千歳がそう言った時、これ以上奴と親しくなってはいけないと思った。このままでは今まで必死に培ってきた“俺”が壊れてしまう。そして反面、これで良かったのだとも。奴ならこんな俺をも受け入れて、多分一生忘れないでいてくれるのではないだろうか。
 そう思えた瞬間視界が歪んで、重力に逆らい切れなかった水分が俺の目から溢れ出す。千歳は俺を咎めるようなことはせず、ただ黙って頭を撫でてくれた。左手で優しく俺の涙を拭い、額に口付けを落とした。男同士だとか、もうそんなことはどうでもよかった。

 関東に引っ越すことになったと聞かされたのはその数時間後のことだった。







「……う、柳生…………『仁王君』!」

 木陰がいい具合に気持ちが良くてついウトウトしていたら俺に起こされてしまった。正確に言えば俺の格好をした柳生である。目の前にいる柳生は自分で言うのもなんだがいい出来だ。よく似ていると思う。「しょうがないのぅ」なんて俺の口調を真似てこぼした後、耳元で「私の格好で昼寝なんてしないでくださいよ」と軽く柳生に叱られた。相変わらずお堅いこって。
 急いで髪型を正し背筋を伸ばす。今の自分はどこからどう見ても柳生比呂士だ。テニス部レギュラーはともかく、その他大勢はあっさり騙せる気さえする。少しばかり誇らしかった。

 立ち上がって草を払い決勝戦が行われるコートに向かおうとした瞬間、見覚えのある姿をとらえた。髪色こそ変わっていたが、あんな馬鹿みたいにデカイ奴なんて紛れもなく。



「ち……と、せ……?」



 二歩分ほど前を歩こうとしていた柳生が振り向き、不思議そうに首を傾げた。慌てて表情を作り「何でもありません」と返す。
 今の自分は柳生比呂士なのだ。アイツに話しかけたところで何を言うことがある。もしかしたら俺の格好をした柳生の方には声を掛けるかもしれないが、それはそれで面白いと思ったので柳生には何の説明もしなかった。

 ゆっくりと奴に近付く。千歳もそれに気付いて、驚いた目でこちらを見ている。
 そのまますれ違った。アイツは自分がいなくなっても覚えていてくれるような奴なのだと、それだけ分かれば充分だった。





 人間には、どうしてもすがりたくなる時というものがあるらしい。
 通り過ぎたあとほんの出来心で振り向いてしまったのだが、千歳は今まで見せたことがないような微笑みを浮かべていた。



 そしてその視線は仁王雅治ではなく、『柳生比呂士の格好をした俺』へと向けられていた。










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キミの傍まで(PCサイト)の神田さんからいつもSSを頂くので、そのお礼として書かせていただきました。

2010.6.15.

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