フライングハート | ナノ
しっかりと日数を計算して送った国際宅配便はどうやら少し早く到着してしまったらしい。
予定の前日に届いたらしいそれに彼はお礼の電話をくれた。知らんふりをして当日に驚かせる計画だったというのに、うまくいかないものだ。彼が喜んでくれたのなら結果的に良かったのだけれど。
誕生日に花を頂くなんて初めてです、と言った彼の声は浮かれていた。プレゼントをどうしていいか分からず、結局無難に落ち着いてしまった気がしていたが悪くない選択だったらしい。彼の初めてになれたなら何よりだ。
中学の頃から彼との交流は途切れずに続いている。
勉強不足だった自分に、彼はたくさんのことを教えてくれた。友人を作るのが下手くそな僕が慣れない環境でやっていけたのは彼のおかげだったと思う。
僕が大学進学の為に日本を離れてからも彼は定期的に連絡をくれる。彼からもらった富士山や古城の絵葉書は気付けば壁に貼りきれない数になっていた。
やや東洋訛りの、それでも十分綺麗な英語が僕の耳に優しく響いた。
ふと、昔を思い出す。
日本語はとても小規模な言語だ。海を超えると途端にどこでも通じなくなる。それでも美しい詞が多かった。謙虚で控えめな日本人は、胸の奥底に情熱を持っている。なにせアイラヴユーを『月が綺麗ですね』なんて訳すのだから。
そんな美しい言語を僕はこの国じゃ使えない。
「……柳生サン」
『はい?』
「ジャパニーズプリーズ」
『え?』
「ワタシ、柳生サンの日本語、好きデスカラ」
人間の脳味噌のキャパシティは小さい。どれだけ大切なものでも、使わずにしまっておけばいずれはそのまま腐ってしまう。
彼に教わったいくつもの詞を、僕は忘れたくなかった。
――今すぐには、無理だけれど。来年は、彼に会いに行こう。直接渡すための贈り物を持って。今度こそ彼を驚かせてやるのだ。
あの頃とどう変わっているか分からない彼の顔を思い出して、僕は少し笑った。
おやすみなさい、と放たれた日本の単語は、その日の安眠を約束してくれていた。
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帰化した場合、帰国なのか留学扱いなのか。
2014.10.25.