妄想男子に慈悲はない | ナノ
“もし、オンナノコに生まれていたとして”。
そんな無意味な妄想ばかりしている。
頭痛を感じて目を覚ましたのは、夕方と呼ぶには少し早い時刻のことだった。
窓の外の風景は連日降り続ける雨のせいで普段以上に薄暗い。どうもここ最近体調を崩しやすいのは、きっと季節の変わり目と悪天候のせいだ。
痛む関節を引きずるように窓際に立つ。すぐ傍にある細い道を通る人間は一人としていない。
そっと窓を開け、左手を伸ばしてみた。勢いのある水滴が俺の掌を力一杯叩きつけて落ちていった。じわじわと熱を奪われていく指先を、俺はただ、他人事のように眺めていた。
“もし、このまま水に溶けてしまえたとして”。
排水溝にでも流されてしまえば楽なのにと思った。きっと俺なんて流せば詰まってしまうのだろうけれど。コンクリートに染み込まずに中途半端に残る水溜まりのようになってしまう自分を想像した。あまりにもよく似合う、俺の末路。
想いを伝えるつもりは毛頭なかった。しかしイリュージョンすらあっさり見抜く奴が俺の隠した感情に気付かないはずがなかった。そして知らんふりをしてくれるほど、奴は優しい人間ではなかった。
見たことのない冷酷な表情で、柳生は一言、迷惑です、と言った。『そういうのは他の誰かにしていただけませんかね。気色が悪い』。
受け入れてもらえるなどとこれっぽっちも思っていなかった。だから隠していたのだ。今更思い知ったところでどうということはない。
それなのに、俺と目を合わせなくなった柳生を見て俺は哀しかった。
もしかしたら自分の知らないところで俺は少し夢を見ていたのかもしれない。ありもしない可能性に期待していた、のかもしれない。
“もし、知られるのがもう少し遅かったとして”。
そうしたらまだ、少なくとも今日、柳生の友人でいられたのだろうかと考えた。普通のメールを送って、とりとめのない話をして、休み明けに学校で出会った時こっそり鞄に贈り物を忍ばせる。去年は容易くできたことだった。今年はもう、近付けもしない。
机の上に置いた箱は眠っているうちに消えていてはくれなかった。鮮やかな緑色をしているはずのリボンが深い深い闇に見える。
“もし、柳生の為に選んだプレゼントを今すぐ窓から投げ捨てられるとして”。
できないと分かっていても考えずにはいられなかった。
“もし”。
“もし”。
“もし”。
俺は、あと何回窮屈な休日を過ごせば救われるのだろうか。
いつになったら傷が癒えるのだろうか。
いつになったら、この世界とお別れできるのだろうか。
“もし、時間を巻き戻せたとして”。
そんな無意味な妄想ばかり、している。
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見てはいけない夢を見る。
2014.10.23.