不細工ケーキに君の名を | ナノ




 慣れないことなんてやっぱりするんじゃなかった。

「…………」
「……仁王さん」
「何」
「なぜ私は自分の誕生日まであなたのご機嫌を取らなければいけないんです」
「知らん」

 柳生はふうっと溜め息を吐いたあと、それでも面倒な様子は見せずに私の頭を撫でた。
 こういう時、なんて彼は大人で、それに比べてなんて自分はガキなんだろうと思い知らされる。
 なにせ、今日は二人で過ごす初めての誕生日なのだ。一年に一度しかない自分の誕生日に、柳生は私を選んでくれた。だから私は自分にできる精一杯のお祝いをしなければならないというのに。

「……仁王さーん」
「うるさい。クラスのオンナノコに貰ったプレゼントの封でも開けとけ」
「ヤキモチですか?」
「まさか。さすがウチの自慢の彼氏じゃなーって一日胸張って歩いたわ」
「あなたのそういうあっさりしたところ、素敵だと思います」
「どうも」

 我ながらよくできた彼女だわと思う。
 テニス部レギュラー、頭が良く顔も悪くなく女子に優しい柳生はそりゃあたいそうおモテになる。私はそれを当然だと思うし、煩わしく感じたことは一度もない。柳生は考えなしに誰にでも優しい訳ではないし、クラスメイトからプレゼントを受け取るのだっていちいち私にお伺いを立ててくるくらい私を尊重してくれる。そもそも、下手に断ってオンナノコを泣かせたらぶん殴ると脅すように言ったのは私だ。焼くための餅なんて元々持っちゃいない。自分のこういうところは割と好きだ。
 すべてにおいてこんな性格をしていたら、今この場で柳生を困らせることもなかったのにと思った。結局私は面倒な女から抜け出せない。

 ――最高の誕生日にしなければならないのに。
 姉の部屋からそっと借りたレシピ本と睨めっこをして、四苦八苦しながらケーキを焼いた。結果は言うまでもない。オーブンの中にはうまく膨らまずにぺしゃんこになってしまった何かが残った。もしかしたら飾り付けをすれば見違えるように綺麗になるのかもしれない。そう考えて生クリームを絞ったけれど、残念ながらなんの救いにもならなかった。
 本当に楽しみにしていた。何度も悩んで贈り物を選んだし、誕生日を共に過ごすならやっぱり可愛い彼女の方がいいだろうから服も新しく買った。できる限りの準備をしたのに、へたくそなケーキのせいですべてが台無しだ。
 これなら学校近くにあるこじゃれたお店でいくつか買ってくれば良かった。
 最高の誕生日にしたかったのに。しなければならなかったのに。
 自分の無能さにイライラして、勘違いした柳生に気を遣わせて。なんて馬鹿なのかしらと笑ってしまいたくなった。笑い声は出なかった。かわりに零れたのは涙だった。

「……今日だけ丸井になりたいな」
「いきなりどうしました」
「だって、アイツだったらケーキなんて簡単に作るじゃろ。それこそ店に置いてそうな立派なやつ」
「――作ってくれたんですか」
「失敗した。あんな不細工なのケーキじゃない。丸井になりたい」
「……私が好きなのはあなたなんですけど」
「知ってる」

 こんなの誘導尋問だと思った。優しい柳生に付け上がって子供の我侭を押しつける。こんな自分が大嫌いだ。それでも柳生の体温に浸っていたかった。

 はあ、ともう一度大きく息を吐いた柳生が、私の肩を抱いて呆れたように笑った。

「可愛い彼女が自分の為にケーキを焼こうとしてくれて、喜ばない男はいませんよ」
「お前可愛い彼女おらんじゃろ」
「おや、知りませんでしたか。いますよ。ちょっと面倒な人ですけれど」
「やっぱ面倒やと思っとったんか」
「そりゃあもう。ですがそれが嫌ならはじめからあなたに恋なんてしません」
「……ばーか」

 傷んでしまった髪に触れる柳生の指先はあたたかい。
 私はこのままずっと柳生といたらきっと駄目な大人になるだろうなと思った。柳生の存在に甘えて、寄りかかったまま生きてしまう。離れるつもりは毛頭ないのだけれど。

「食べさせてもらえないんですか?」
「じゃけ、失敗したの」
「味見は?」
「してない」
「だったら見た目がちょっと不格好なだけでおいしいかもしれないじゃないですか。私は食べたいです」
「……腹壊しても知らんからな」

 もうなんでもいい。
 どうしようもない人間になったら全部柳生のせいにしてしまおうと思った。そして、責任を取って一生傍にいてもらう。柳生は私がどうしようもなくなった時、一人で頭を抱えて後悔すればいい。

 ひしゃげたケーキは時間をおいて見ても不細工なままだった。
 私はその上にチョコレートを載せて、優しい彼の名前を書く。
 誕生日おめでとう。
 その言葉はあとできちんと伝えようと心に決めて。












******
柳生はもう存在自体がポエムでいいよ。

2014.10.21.

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