確率不動 | ナノ



 深夜に電話が鳴ることに、不覚にも、驚かなくなった自分がいる。

 着信があったのは二十三時を少し過ぎた頃だった。ディスプレイに映し出されていたのは案の定いつもの名前。やれやれと苦笑いをしながら、未だ使い慣れないスマートフォンの通話マークに触れる。

「……ねえ、今、何時だと思っています?」
『しょーがなかろ、なかなか確変抜けんかったんじゃから』
「贅沢な悩みですね」

 ろくな挨拶もせずに無遠慮な言葉を掛けても、仁王君は普段と変わらない様子で気の抜けた返事をするだけだった。それで今日はどこですか、と問うと、彼は心なしか嬉しそうに中華のチェーン店を指定した。
 彼は臨時収入があるとたまにこうして私を呼び出す。夕方から座りっぱなしで食いっぱぐれたから、なんて動機そのものはどうしようもなく駄目人間だが、根本が真面目な彼は案外この国に溶け込んでいる。そんな彼に振り回される自分が、結構嫌いではなかったりする。
 私は彼の申し出を二つ返事で受け入れたあと、薄手のコートだけを羽織って家を出た。



 約束の場所に行くと、彼は一足先に席に座って私を待っていた。

「お待たせしてすみません」
「いや、全然。俺とりあえずビール飲むけど、お前は?」
「明日も早いのでアルコールは控えます」
「そうか」

 ひと月半振りに会った彼は髪を染め直したらしく、前回よりもさらに黒に近い茶色になっていた。面倒だと文句を言いながら無難に就職活動を続ける彼にあの頃の面影はあまりない。それが少し寂しく思えて、しかし私は今の仁王君との“あまりにも日常的な会話”も気に入っていた。
 同じ部活という括りがなくなってしまえば真っ先に消えると思っていた絆は、今日もこうして繋がっている。

 テニスをやめようか悩んでいると初めて打ち明けたのは仁王君だった。勉学と部活動を両立できるほど私は器用ではなかったし、諦めないでいられる才能も持っていなかった。そんな私を仁王君は責めなかった。真正面から私の言葉を受け入れて、好きにすればいいよと軽い調子で言った。
 遊び半分などではなかった。真剣に打ち込んでいたからこそ悩んだけれど、彼が笑ってくれたからすっと楽になったのを今でもよく覚えている。
 それから三年間部活動に励んで、彼もまたテニスをやめた。その表情に未練は一切なかった。

 本当に空腹だったらしい彼はよく食べた。テニスをしていた頃の方が食が細いなんて不思議な話だと考えて少し笑うと、仁王君が私にメニューを差し出す。

「追加の飲み物どうする?」
「私はもう、」
「誕生日オメデト」
「…………は?」

 突拍子もなくかけられた言葉に、間抜けな声を返すしかできなかった。
 私は彼の誕生日を忘れない。その日ばかりは私の方が彼を呼び出して夕食を御馳走した。
 ――まさか彼が覚えているとは思っていなかった。

「つーわけで今日は俺の奢り。たまにはこういうのもよかろ」

 まるで悪戯が成功した時に見せるような笑顔をした彼を見て、私はそっと幸せを感じる。

「……やっぱり少し、飲みましょうかね」

 せっかくだから我侭を言わせてもらおう。いつも以上にたくさん食べて、飲んで、たくさん話をしようと思った。今日くらい彼を振り回すのも悪くない。

「ええよ。今日は余裕あるから」
「あなたね、もし勝てなかったらどうするつもりだったんですか?」
「俺は負ける台では打たんよ」
「最低ですね」

 二十二歳の誕生日は、思っていたよりずっと、素敵な一日になりそうだった。









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ライトミドルなんて甘っちょろいことを言わないあたりが仁王雅治クオリティ。

2014.10.20.

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