グリーンリグレット | ナノ




 休日の部活帰り、気紛れに入った雑貨屋でマグカップを見掛けた。
 特別好きな色でも形でもない。それなのに不思議と惹かれて思わずその場に立ち止まる。シンプルだからか上品に見えるデザインと、今のこの季節によく似合う色。じっと眺めていると心が穏やかになるような深緑だ。そっと手に取ってみるとそれはおもしろいほど手に馴染んだ。
 なるほど、なかなかに愛着の持てそうなものだと思った。衝動買いなど滅多にしないが、ここで出会ったのも運命だ。買って帰るのも一興だろう。
 帰ったら温かいコーヒーでも飲もう。傘を新調すると雨の日が少しだけ憂鬱じゃなくなるのと同じように、安売りしていたインスタントコーヒーだってちょっとは味わい深くなるかもしれない。勿論ただの錯覚だが。

 そこでふと、柳生の顔が思い浮かんだ。
 けっして寝惚けていたなんてことはないはずの頭が、その瞬間妙に頭が冴えたのを感じる。
 そうか。俺が持つより、奴が持つ方が自然なのだと思った。自分が欲しいのではなく、柳生に使ってもらいたいから買おうと思ったのだ。今まで個人的に誕生日など祝ったことのないあいつにだ。一体どういう風の吹き回しだ。

「――……」

 想像をしてみた。深緑のカップに紅茶、立派なブックカバーの掛かった文庫本を読む柳生の姿は想像とは思えないほど完璧だった。
 ダブルスを組んでほどほどに時間が経った。それなりに会話もするようになった。誕生日に贈り物をするくらい許されないだろうか。いつもの気紛れだと笑って受け取ってはもらえないだろうか。

「…………阿呆らし」

 ぼそりと呟いても、その言葉を拾ってくれる人間は周りにはいなかった。
 盛大に溜め息を吐いてから鞄だけを持って店を出る。
 らしくもないことを考えた。きっと今日は疲れているのだろう。帰ったら死ぬほど寝よう。
 無理矢理切り替えた思考の中、先程の深緑だけが脳味噌の裏側にこびりついたみたいに取れることはなかった。







 ――柑橘の香りがする。
 きっとまた柳生が、ケーキがあるにも関わらずジャムを使った甘い紅茶でも淹れたのだろう。最初は胸焼けを起こすかと思った糖度は、今じゃすっかり俺の日常になっている。

「……お前ほんまに甘いの好きじゃな」
「あなたほどではありませんよ」
「馬鹿言え。俺はお前とおるとき以外は滅多に甘いものは食わん」
「私もそうですよ」

 不思議ですね、と笑った奴の手元にはいつかの深緑がある。
 あれから何度かその店に足を運び、その度にじっと考えるようになった。このままだといつまで経っても解決しないと勢いで購入したあの日は戸惑いながらもすっとした。
 思えばあれが“特別”の始まりだった、気がする。

 ケーキをすべて平らげたら、またしばらく昼寝でもしようか。
 傍らには、結局贈ることをせず俺の部屋の柳生専用になったカップを置いて。










******
何気なく似合うものを探すようになった、そんな始まり。
誕生日おめでとう柳生! 今年もきみがすき!!!

2014.10.19.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -