ジャムより甘い | ナノ


 遠くから、甘い香りが漂った。





ジャムより甘い





 自然にふと目が覚めた。枕元の携帯電話に目をやると、時刻は午前八時を少し過ぎた程度。
 久々の休日。本来ならばもう少し寝坊をしてもいいものなのだが、どうやら早起きが染み付いてしまった身体はそれを許さないらしい。仕方がないか、と欠伸を一つ。ついでに背筋も伸ばして気合を入れるかと考えて、やっぱりと思い直す。

 彼女が起こしに来るのを待とう。

 先程の甘い匂い。更に言うと、微かであるが焦げ臭い。きっと朝食にホットケーキを用意して、いつものようにほんの少し失敗してしまったのだろう。
 決して料理が下手な訳ではない。ただお世辞にも上手いとは言えない。そんな彼女を困らせたくて、落ち込んだ顔が見たくて、つい毎回毎回「あまり美味しくないですね」なんて言ってしまう。もとより自分がサディスティックである自覚は持っていたが、彼女が絡むとそれに更に拍車がかかる。誰が言い出したのかは知らないしこれといって興味もないが、好きな子はいじめたくなるとはまさにこの事なのだろう。実に的を射た言葉だ。この言葉を生んだ人に盛大な拍手を贈りたい。
 いじめといっても、本気で傷付けようなどと思っちゃいない。褒め言葉はたまに言うからこそ価値があるのだ。毎日口にしていたらそれがいくら彼女であれ慣れるだろうし、もしかしたら飽きるなんてこともないとは言い切れない。彼女には、愛されることを当たり前だと思わないでいてほしい。俺に認められるように、俺の為に、毎日努力をすればいい。だからこそたまに褒めてやるのだ。人間としても男としても最低なのかもしれないが、そうした時の彼女の笑顔は何にだって代え難いのでやめるつもりは毛頭ない。

 足音が近付いてきたので、俺は眠った振りをする。

 精一杯音を立てないように、ゆっくりとドアが開かれた。そっと俺に歩み寄り、傍らにしゃがむ。毛布をめくり、触れようとして躊躇っているのが目を閉じていても分かる。
 今日は久しぶりに一日のんびりできるから、学生時代の頃のように二人でどこかへ出掛けようと話していた。彼女はとても楽しみにしていたはずだ。それなのに起こそうとしないのは、本当に久しぶりの休日だからゆっくり寝かせてやりたいと思う彼女なりの優しさなのだろう。

 残念ながらその気遣いは非常に無駄であり見当違いなのだが。楽しみなのは自分だけだとでも思っているのだろうか。

 彼女が部屋を出て行く素振りを見せたので勢いよく手首を掴み、よろけた身体を抱きしめた。

「え……っ、えーしろ! お、起き……」

 起きていたのかって? ええ、起きていましたよ。貴女があんまり可愛いのでついからかってやろうかと。という言葉は心の内に秘めておく。

「あのね、朝食……今日はいつもよりジャムが美味しくできたさ」

 そう言って君は笑う。

 手製のジャム。傷み易くなるにも関わらず砂糖を控えめに作られる。
 甘いものを好まない俺なのだが、彼女の思いやりが込められたそれは回を重ねるごとに美味しいものになっていて、最近では少しばかりこの日を心待ちにしている子供のような俺がいる。とてもみっともないし恥じるべき事だとも思うのに、こんな自分が嫌いではないから不思議だ。きっとこれも彼女の影響なのだろう。彼女が傍らを歩いてくれるようになってから性格が丸くなったとそれこそ耳にタコができる程言われたので、流石に認めざるを得ない。

「……ジャム『が』?」
「ん?」
「肝心のホットケーキはどうしました」
「う」
「……いい加減困った人ですね」

 また、つい毒を吐いてしまう。



 ――貴女がそんなだから。



「すみません。今日は外に出る予定でしたが、思った以上に疲れているみたいなのでもう少しこのまま寝かせてくれませんか」

 途端、崩れるまではいかないが、その表情から笑顔が消えた。一瞬ひどく哀しい顔をして、それを見せまいと必死に微笑む。うん、なんてすっかり物分かりのいい奥さんを演じてまで。



 ああ、もう。

 貴女がそんなだからいじめたくなる。意地悪を言ってみたくなる、困らせたくなる。
 貴女の一喜一憂がいちいち嬉しくて。



「……ですので、貴女も一緒にゴロゴロしませんか。起きたら遅い朝食を食べて、コーヒーを飲みながらDVD鑑賞でもしましょう。こんな休日も悪くないでしょう」


 彼女は驚いたようで、けれどすぐに笑顔で頷く。今度は作り笑いなんかじゃなく本物で。

 彼女の困った表情が好きだ。
 だが、それ以上に笑顔が好きだ。



 優しく髪を撫ぜた後、苦しくならない程度に抱き寄せる腕に力を込めた。それを決して拒まず自分からすり寄ってきてくれるのが嬉しい。いい加減俺も末期だと感じる。けれどこれが病気なら不治の病であってもいいかなとさえ思う。



 ジャムより甘い時間を約束しよう。
 俺にとって、貴女が隣にいてくれるのならそれだけで、それ以上の幸せはないけれど。


 そんなことはどうでも良くて、今はただ彼女と二人、何も考えず惰眠を貪るとしようか。







******
目標→木手氏を優しいドSにすること。
色々間違っている気がするのはきっと気のせいではありませんが、目をつむってやってください。

2010.3.14.

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