弱虫なオセロ | ナノ



 ――白、黒、白、黒。

 ――それはまるでオセロゲームのように。










弱虫なオセロ










 まず第一に、俺は日本人だ。そんなこと説明しなくとも、俺を知る誰もが分かっている事実だと思う。全体的に色素が薄いところはあるが、それ以外のところで日本人離れした容姿や体格や抜群の運動能力なんて持ち合わせてなどいない。
 韓流は好きだがあくまでそれは映画やドラマの話である。韓国自体をとりわけて好んでいる訳ではないし、そもそも映画に影響されてああいう純愛に憧れるほど流されやすい性格ではない。自分自身、結構なリアリストだと自負しているし。
 今日のこの日、飲めもしない缶コーヒーを買ったのはただの気まぐれだ。それ以外のなんでもない。
 学ランを着ているのも仕方ない。だってこれが学校規定の制服なのだ。
 四月も中旬。どれだけ気候的に暖かくとも、制服移行期間なんてまだ大分先なわけで。

 だからつまり、これはただ偶然が重なっただけのこと。何の意味もない。



「あれ、白石」



 そう、ただ、偶然が。



「……お前なぁ、重役出勤にも程があるやろ」
「いやぁ、今日はたいが天気が良かったけんね。よか散策日和やねぇ思っちょったらつい、ふらっと」
「アホやん……」

 テニス部員のくせに本日初めてコートに現れた千歳は、一応制服を着ているので登校する気はあったらしい。気だけあってもどうしようもないのだが。奴の言葉を疑う訳ではないが、だったら態度に示せと言いたい。
 これでも中学の頃とは比べ物にならないくらい欠席が減ったというのだから困ったものだ。せっかく健康なのだから一度くらい皆勤賞を狙ってみればいいものを、出席日数を計算した上でうまくサボりやがって。

「それにしてもたまがったと。誰も居らんち思っちょったんに、白石が端っこの方にぽつんと座っとって」
「イメトレや、邪魔すんな」
「はは、ほなこつ真面目やねぇ」

 千歳はまるで他人事みたいに笑ったあと、俺の隣に座る。
 時間は午後六時半。ちょうど紫色とオレンジのグラデーションの空がとても綺麗に見える時刻。
 これが可愛い彼女ならもっと素敵に見えただろうに、何が楽しくてデカイ男と二人で眺めることになるのだろう。

 缶コーヒーを一口。この苦味が心地いいんだか悪いんだか分からない。正直な話、美味しさなどまるで分からない。
 自棄になってまた一口。


 ――あぁ、また、『白』が裏返された。


「珍しかね、白石がコーヒー飲むの」
「今日ブラックデーやもん」
「ぶらっく?」
「韓国ではメジャーやねんで。バレンタインにもホワイトデーにも縁がなかった独り身が、ホワイトデーの一ヶ月後である四月十四日に黒い服でブラックコーヒーを飲む日やねんて」
「……紙袋が必要やったくらいチョコ渡された男のもんとは思えん程寂しか台詞やね」

 黙れ、お互い様や。という言葉は口に出さずに飲み込んだ。どうせ言ったって誤魔化して苦笑するだけだろうし、否定されたらそれはそれで対応に困る。一年、テニス部レギュラー、千歳とは種類は違うが美形である自覚もある。そんな同じ条件で千歳にだけ恋人がいたら何か癪だ。

 なんていうのは建前でしかないことくらい、自分だってとうに気付いているのだが。

「告白……したらよかとに」



 ――無理だ。

 ――『黒』が強すぎて、太刀打ちなんて出来やしない。





 ごめん、俺、好きな奴おるから。二ヶ月前、そう言って本命チョコは全部断った。千歳も知っていた。それが一体誰なのかは聞いて来なかった。聞かれたところで答えられるはずはなかったのだが、ほんの少しくらいは気にしてほしかった。そんな自分に嫌悪感を覚えた。

 時刻は午後六時四十分。だんだんと紫色が群青色に変わる頃。
 これが可愛い彼女ならもっと素敵に見えただろうに、何が楽しくて。


 何が楽しくて好きになる相手を間違えたのだか、さっぱり分からない。


「でけへんわ、そんなん。気持ち悪がられて終わるだけや」
「なしてそげんこつ言うとね? 白石に好きっち言われて、断る女の子なんておらんたい」
「……男は?」
「え?」
「男やったら、オッケーするやろか」


 ――黒くなる。

 ――どんどん飲み込まれる。

 ――自分の『白』の部分まで。


 こうなったらもう、堕ちるところまで堕ちるしか選択肢は残されていないのだろうか。


「……なんてな。ビビった?」

 それでも結局自分には、堕ちる勇気なんてなくて。だから、誤魔化し続ける。
 きっとこの気持ちはつっかえたまま、出てくることはないのだろう。



 ――俺の中の『白』は、負けが見えた途端に勝負を投げ出した。



「白石」
「ん?」
「それ、一口くれん?」
「別にええけど、お前ブラック好きやったっけ?」
「いや特に。ばってん、俺も独り身やけんね」

 首の後ろを掻きながら表情を緩める千歳が、不躾だが可笑しいと思った。
 手渡してやると奴はそれを笑顔で受け取り…………一瞬にして流し込まれ。中身を失ったそれは、軽やかな音と共にゴミ箱に向かってダイブした。

「……お前にとっての『一口』って何や」
「すまん、喉渇いとったけん、つい」

 元々飲めないのだから構わないといえばそうなのだが、親しき仲にも礼儀ありだろうがこの野郎。だったらいっそ「全部くれ」って言え。
 ヘラヘラとするコイツを何故か怒る気になれないのは奴の性分ゆえか、もしくは俺が相当盲目なのだろうか。どっちにしろ俺の負けだ。



 ――勝つことなんて始めから求めていない。
 ――そのくせ負けるのが怖いから、その後は進めようとしない。

 ――黒の優勢で止まったままのオセロゲーム。


 ――俺の中の白い気持ちは、動き出す気配すらないまま。




 瞬間、右頬に感じた冷たい温度。

「白石はこっちん方が好いとうとやろ?」

 驚いて顔を上げると、隣にいた千歳がいつの間にか俺の目の前に移動していて、その左手にはミルクティーの缶。俺がよく飲むメーカーのものだ。



「誕生日おめでと、白石」



 ――ああ、たった今。

 ――何故だか分からないが、『白』が反撃を開始した。



「……百二十円かい、誕生日プレゼント」
「あ、やっぱいかん?」
「当たり前やアホ。俺はそんなに安うないですー」
「何買えばよかか分からんかったとよ」

 ひっくり返るに決まっている。何が欲しか? なんて、そんな顔で聞かれたら。

「……ええわ、もう」
「えー、ばってん」
「来年もお互い独り身やったらやろうや、ブラックデー。それでええ」


 ――あれよあれよと返されて、結果は『白』の逆転勝利。


「……これおおきにな、千歳」


 ――だけど、まだ。
 ――まだ、勇気が足りないから。

 ――自分の中に少しでも『黒』が残っているうちは。


「まずは来月やなぁ」
「何かあるとや?」
「ブラックデーにも出会いを見つけられんかった可哀想な奴が、五月十四日に黄色い服でカレー食うねん」
「……で、それは『イエローデー』とね?」
「お、正解や」


 きっとまたすぐに黒くなる。けれど、白くなる日もきっとある。奴のたった一言で、一瞬にして白に変わった今日のように。


「……できたら来年のこの日は日本のイベントがよかとやけどね」
「何か言うた?」
「うんにゃ、何にもなかよ。こっちの話」





 ――お前のせいで真っ白になるのも時間の問題だ……ということを知るのは、まだもう少し先の話。










******
一ヶ月遅れたけれど、白石君誕生日おめでとう。
高校生になって未だ片想いのまま進展なしっていうちとくら(千歳←白石)が書きたかった。
ブラックデーとイエローデーは韓国に本当に実在します。
千歳の言う『日本のイベント』とはオレンジデーのことです。恋人にオレンジやオレンジ色のものを贈る日。

2010.5.14.

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