ピーターパンシンドローム | ナノ


 ――まるで、空を飛ぶような感覚。


 そう柳生に話すと、柳生は普段と変わらない様子で笑った。
 けっして馬鹿にしたようではなく、苦し紛れに誤魔化したふうでもない、上品な笑み。
 なかなか真似できる表情ではないなとどうでもいいことを考えながら、柳生の声に耳を傾ける。

「確かに、最近の仁王君はそんな感じですね。地に足がついていないというか」
「気ぃ抜けとるんかな、俺」
「そういう類のものとはまた違うと思いますよ」

 そこまで言っておいて、柳生は「いえ、分かりませんけどね」と無責任な言葉を付け足した。
 他人に対して適当なのか、それとも俺だから適当なのかは分からない。
 少なくとも俺の知っている柳生比呂士はいつもこうだった。
 まったく相談し甲斐のない奴だ。
 そんな人間を相手に選ぶ自分も自分だと思う。
 いつだってどこかで一線を引いて、その先には一ミリたりとも踏み込むことがない。干渉なんてしてくれやしないのだ。
 必要以上に関わり合いになることを好まない自分だが、少しくらい心配する素振りを見せてくれてもいいじゃないかとは思う。
 上辺紳士は、今日も自分の世界を生きている。
 小さく舌打ちをしながら、俺は目を閉じた。

 空気と一体化するような浮遊感に思考を溶かされる。
 息をするのも忘れるほどその感覚に浸った後、そっと目を開けると“現実”が牙を剥いてそこにいる。
 そんなしょうもない空想から逃げ回っている気分だった。
 時間は有限なのだ。最近それを痛いくらいに実感するようになった。
 きっとそれは、特別な執着心のなかった自分が確かに今この時を『楽しい』と感じているからだ。
 宙に浮いた気分で毎日を過ごして、有限の癒しに安らぎを覚える。
 地に足が付かないまま、逆らえるはずのない時間の流れにそれでも歯向かって。
 これだから自分は大人になれないのだと思った。
 まったく情けなく滑稽な話だ。
 それでも『まだガキのままでいいや』と思う自分がどこかに存在する。
 この妙な感情に明確な答えは要らない。
 知ってしまったら、おそらくそれは“終わり”を意味する。
 重力を思い出した身体が真っ逆さまに堕ちてしまう。
 今は、まだ、

(――“大人”には、なりたくない)



 目を閉じると広がる、俺だけのネバーランド。










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2013年11月7日〜2014年2月23日拍手お礼。
カップリングといっていいのか微妙な気がする。

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