片翼の天使と空を飛ぶ夢を見る | ナノ



「毎日が誕生日やったらええのに」

 何を思うでもなく、呟いた。










片翼の天使と空を飛ぶ夢を見る










「……いきなりどげんしたとね、白石」

 突然口を開いたもんで驚いたのだろう、千歳がぽかんとした顔で首を傾げ俺を見る。まるで頭の上にクエスチョンマークでも浮かべているかような表情で、それでいてその瞳は小さな子供に向けるそれと同じくらいにとても優しい。

 今日の俺はなんだか金ちゃんみたいなことを言う。俺だって祝ってもらえるのは今でも嬉しい。だが昔ほど誕生日に喜びを感じなくなったし、大きくなったら何々になりたいなんて言って簡単に叶うものではないのだと知っている。それくらいは成長した。
 自分の柄じゃないことくらい、自分がいちばんよく分かっている。普段はこんなこと考えたりしないし、万一思ってしまったとしてもそれをポロッと口にしてしまうほど俺はうっかり者ではない。

 けれども、どうしてだか今日は千歳に知ってほしくてたまらなかった。


「お前さぁ、転校してきてすぐ、ホンマに文字通り速攻おらんくなったやんか」





 思い出すのは四月。殆どが緑色に変わった桜の木に、ほんの僅か桃色が残るくらいの時期。一度軽く挨拶を交わしたきり部活に顔見せへんなぁと思っていたら、奴は早速放浪していた。授業の出席率がお世辞にも高いとは言えないことは小春から聞いて知っていたし、ある程度は覚悟もしていたのだが、まさかこんなに早くそれが訪れようとは。明日聞けばいいかと軽く考えた俺も悪いのだが、連絡先を教えてもらわなかったので今現在どこをうろついているかなんて確かめるすべもなく。
 一体彼は何を考えているのだ。こんなんではせっかくの馴染むきっかけも失ってしまう。

 部長として心配であり、それ以上に堪忍袋の緒が切れそうな日を四日ほど過ごしたのだったか。
 奴は突然姿を現した。
 久しぶりやね、なんて周りに花でも飛んでいるんじゃないかと思う笑顔で声を掛けられ、してやろうと思っていた説教とか文句とか、その他一切の毒気をすべて抜かれた。
 奴の手には大きな蒲公英と、シロツメクサの花が数本。

「はい白石、お土産」

 アホ。これのどこが土産だ。こんなんちょっと探したらどこにでも生えとるっちゅーねん。もっとたくさん言いたいことはあったのに、気持ちとは裏腹に左手が素直にそれを受け取る。

「……おおきに」





「千歳が帰ってきたあの日な、俺誕生日やってん」

 お土産が、誕生日プレゼントが野草だなんて今時小学生だってやりはしないだろう。それなのに、そのチープなプレゼントにとてつもなく安らぎを覚えた。帰ったらそのまま押し花にしようかと迷ったくらいだ。


 今思えばこの時すでに、気が狂うほど奴に惚れてしまっていた。


「だからな、たまたまやって分かってんねんけど、誕生日は一緒に居れる気ぃしてな」

 毎日が誕生日なら。お前は毎日俺を祝うのに大忙しで、どっかにふらっと出掛ける暇なんてないはずだ。
 そのうち俺は歳を取り、お前の何十倍も何百倍も早く老けて、何十倍も何百倍も、もしかしたら何千倍も早くに死ぬ。それでいいと思った。短い生涯にまるごと千歳が存在してくれるなら、それで十分どころか十二分の人生だ。

 このまま共にゆっくり歳を重ねたところで、世間から認められるはずがない。
 それを理解しているくらい、俺は大人になってしまっていた。



「蔵」

 ふと、千歳が二人きりの時しか使わない愛称で俺を呼ぶ。褐色をした逞しい腕が伸びてきて、あたたかく俺を包む。

「……スマン、変なこと言うた。忘れてくれ」
「忘れんよ。蔵が言うたこと全部」
「……せやったら何で部活来ぉへんねん」
「聞いたことは覚えとうばってん、行動にするんとはまた別たい」
「お前ホンマ最悪やな」
「こんな俺、嫌?」
「嫌やないけど、好きやない」

 できるだけ努力すったい。そう言って千歳は微笑う。


「十六歳の誕生日は何が欲しか? 蔵」


 誕生日が毎日来ないことなんて知っている。一人だけ先に歳を取れないことも、世間的に俺等の関係は許されるものではないことも、ついでに千歳の放浪癖は多分治らないなということも。全部全部、分かっている。


「……羽根」
「は?」
「千歳の片翼、ちょうだい。もうどこへも行かれへんように」
「……ほんに蔵はしょんなかね」


 千歳は困ったように笑うと、優しく俺に唇を落とす。むぞらしかね、なんて口に出しながら。そりゃあ千歳より幾分かは小さいが、平均以上の身長を持つ俺に可愛いなんて言うのは、きっと学校中探しても奴だけだ。



 けれど、それがひどく心地よくて、このまま空気に溶けて消えてしまってもいいと思った。










******
カシスレモンの九条が誕生日だというので。
白石はどちらかというと、放浪癖より「いつか九州に帰ってしまうんじゃないか」という不安の方が強く持っているのかと。

2010.2.19.

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