やすみのはなし | ナノ








※相も変わらず娘視点です


















 朝のまどろみの中、何か小さくてあたたかいものがわたしの肩を叩くのを感じた。確かな意思を持ったそれに応えるべく、まだ眠り足りない本能に逆らって身体を起こすと末っ子の弟がいかにもしょんぼりした様子でそこにいた。時計を見ると七時を少し過ぎたあたりで、ああそういえばもうすぐこの子の好きな特撮番組があるのだったと思い立つ。みーちゃん、とわたしの名を呼びながら弱々しく袖を引いてくる弟を見るに、きっとアニメ見たさに起きたものの居間に誰もおらず、寂しくなって呼びにきたのだろう。それが母親ではなくわたしなのは、きっと幼いこの子の精一杯の配慮だ。お休みの日くらいお父さんからお母さんを取っちゃ駄目だ、なんて考えているのだろう。なにせうちの両親は異常なくらい夫婦仲が良い。それこそ子どもが遠慮を覚えるくらいには。
 困った人達だなあと溜め息を吐きながら弟の頭を撫でる。この子だってまだ構ってもらいたい年頃だろうに。
 弟と手を繋いで移動し、ちょっと待っててねとソファーに座らせた。寝間着の上からエプロンを掛け、欠伸を噛み殺しながら冷蔵庫の中を探る。起きてしまったものは仕方がないから、せめて有意義な時間を過ごそうとホットケーキミックスをボウルに開けた。しばらくは朝食を期待した弟が目を輝かせてこちらの様子を窺っていたけれど、オープニング曲が流れると同時に興味はテレビ画面に移ったようだった。

 メープルの甘い香りがする。

 がちゃりと扉の開く音がしたのは自分の分を焼き始めた頃だった。フライパンから視線を逸らすと、パジャマで寝癖も立ったままの父親が「寝坊をしました」と肩を竦める。普段のびしっとしたスーツ姿しか知らない人が見たらびっくりする光景だろう。慣れてしまったわたしでさえ似合わないなあと思っている。

「おはようございます」
「おはよう。お母さんは?」

 別に日曜日くらいゆっくり寝たっていいのだけれど、なんとなくずるいような気分になる。正直なところ、わたしだってあと二時間は寝たい。今を生きる成長期の女子だもの。
 お父さんはホットケーキの焼ける様を眺めながら、ふふふ、と笑った。

「まだ寝かせてあります。昨晩は無理をさせましたから」
「そういうの、思春期の娘に堂々と話すのってどうかと思うよ」
「あなただって私と雅さんが仲良しな方が都合がいいでしょう」
「そこじゃなくて、自分の子どもにきちんとした性教育もできないことについて言及してるの」
「なるほど」

 うーんと首を傾げた父はおそらく何も考えていない。そのうち軽く「実里なら大丈夫じゃないですか?」なんて言うに違いない。なまじ悪いと言い切れない分厄介なのだ。父と母を見ているとまさに理想の夫婦像だと思う。妹弟に余計なことを言うわけでもない。わたしにだから話すのだ。父なりに相手と場所はわきまえているつもりなのだろう。だからといって駄々漏らされても困るのだけど。

「史也がお母さんに我侭言えなくなっちゃったらお父さんのせいだからね」
「ああ、だから実里が朝食を作っているんですね。いいじゃないですか、お姉ちゃん子で。私の妹もこんなでしたよ」
「でもおじいちゃんはお父さんみたく適当じゃないよ」
「適当だなんてそんな。あ、実里、私の分は?」
「ありません。自分で焼けば」

 出来上がったホットケーキにバターを落として、さっさとテーブルに移動する。それにまた笑った父が、反抗期ですかねえと呟いた。
 多分、父はこのあとまだ寝ている母の分まで朝食を用意する。
 優しくて仕事もできて家族を大事にする、見た目も若いし悪くない。父親として完璧な人だけれど、そういうところだけがろくでもないと割と本気で思う。静かに戦隊ヒーローの応援をする弟を見て、お前はああなってはいけないよと肩を揺らして熱弁したい気分だった。










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娘の前で奥さんのことを名前で呼ぶ比呂士。
史也(フミヤ)君の上に睦美ちゃんという娘がいますが友達の家に泊まりに行っています。

2014.1.7.

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