回想モノクローム | ナノ


 誰だって、支えが欲しい時くらいある。

 会いたいです。
 ただ一言記されたメールに笑いか呆れか分からないような声が漏れた。まるで遠距離恋愛中の彼女に送るそれだ。下手な人間が見たら誤解も生みかねない。そんな文面に奴の真面目さと不器用さが垣間見えた。困った奴だと苦笑しながら返信画面を開く。“仕方がないから会いに行ってやる。いつもの場所で。”
 奴の言う『会いたい』は突発的でありながら無計画で、こちらの予定など毛頭考えちゃいない。俺はそれを良いことだと思う。いつだって周囲に遠慮して相手ばかり優先する癖のある柳生が我侭を言うのは大事なことだ。その相手が自分である事実が妙にこそばゆくて、誇らしかった。
 シャワーを浴びた後、財布と携帯とラケットだけを持って家を出る。買ったばかりのバイクに乗ろうか悩んだが、考え直し駅まで歩いた。使う機会のめっきり減ったICカードの残高も気にせず改札をくぐる。
 乗り込んだ車両は随分閑散としているように思えた。
 窓の外に広がる風景を何とはなしに眺める。海に近い長閑なこの町も、あの頃より少し発展していた。

 回想をする。
 あの頃――まだ中学生の、子供だった頃。柳生と一緒に同じような景色を見たことがある。それは今のように電車からであったり、青春ごっこの振りをしてふざけて数駅分を走った時であったりした。
 若気の至り、という言葉を思い出す。この場に使うに相応しくない言葉であるということは知っている。それでも若気の至りだと思った。けっして思い出して苦味を覚えるものではない、若気の至りだった。



 待ち合わせ場所に着くと、柳生は先に来て静かに読書をしながら俺を待っていた。
 軽く声を掛けると、少し驚いた後ほっとしたように表情を緩める。栞も挟まずに閉じられた本の表紙を見ると、それは小難しそうな医学書だった。俺なら開いて五秒で飽きる。やれやれと笑ってその先に歩くことを促した。

 球を打っていると何もかも忘れることができるのだ、といつか柳生が口にした。
 医学部三年生である柳生は、普段から俺なんかより余程沢山のことを考えて、抱え込んで生きている。好きで選んだ道だからと奴は言うが、好きだから疲れない訳ではない。
 そうしてある一定の線を超えると、今朝のようなメールが俺のところにやってくることになる。
 自分達の通っていた中学の近くにあるこのコートは、お世辞にも設備が良いとはいえない。それでもその分無料で使い放題だったし、何も考えずに打つぶんには申し分がなかった。
 軽くラリーで身体を温め、適当な頃に試合形式まがいのゲームをした。ワンセットですっかりくたびれてしまった自分は確実に歳を取っている。同じく肩で息をする柳生を横目で笑いながらスポーツドリンク入りのペットボトルを開けた。

 回想をする。
 中学を卒業して、俺は工業の方へ、柳生は外部の高校へ進んだ。後悔はしていないし、自分が間違っていたとも思わない。
 それでもこの脆く儚い絆を手放すのは勿体ないように思えて、高校一年の柳生の誕生日に俺は奴を此処へ呼び出した。緩み切ったガットのラケットで打ち合うのはあまりにも情けなくて、終わった後は二人で腹を抱えて笑った。
 誕生日プレゼントに、と、俺はグリップテープを渡した。柳生は少しだけ戸惑いながらも、有難うございます、と微笑んでいた。

「……分からなく、なるんです」

 ようやく呼吸が落ち着き始めた頃、柳生が言った。

「私はあっさりテニスをやめたのに、辛いことがあると、テニスに逃げたくなる」
「うん」
「分からないんです。私は本当にテニスが好きだったのか、あなたとだから好きだったのか」

 柳生の言葉に俺は目を閉じた。
 湧き立つ歓声を、激しい戦いを思い出す。

「……何年か前に、俺、誕生日にグリップテープあげたよな」
「そうでしたね。結局テニスは娯楽でしかしなくなって、申し訳ない気持ちでいっぱいですけど」
「いや、俺は間違ったことはしてなかったって自信を持てたけどな」
「え?」

 回想をする。
 頭をよぎるのはどの場面もモノクロで、ノイズが入ったようにおぼろげだった。そんな中、隣に立つ柳生だけが鮮明だ。
 俺にも正直分からない。柳生とのダブルスはあまりにも楽しかった。俺はテニス自体をきちんと好きだっただろうか。
 それでも、だからこそ、忘れたくなかった。

「あの時別のもんをやってたら、お前、娯楽でもテニスをせんかったと思うから」
「……」
「だから、これで良かったんだよ」

 答えは決められていないのだからこれからじっくり向き合っていけばいい。
 過去の自分に問うことなど出来やしないけれど。

「……そう、かも、しれませんね」



 ――回想をする。
 目を閉じると浮かぶぼやけた情景。
 あの頃がどうだったかなんて俺には分からないが、今この瞬間、俺は確かに、モノクロの景色を愛していた。










******
白黒の景色は輝いている。

2013.10.19.

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