指先の感情 | ナノ


 妹がやっているのを見て、たまたま面白そうだと思った。少し教わってやってみたら随分簡単にできてしまって、妹に「わたしより上手に作らないで」と文句を言われた。こういう時の彼女は我が妹ながら可愛い。
 じゃあ一緒に練習しようかといって、その日は妹と二人して“作業”に熱中していた。



「……それで折り紙ですか」
「うん」

 人のいなくなった教室で、自分の机を色とりどりの“作品”まみれにする様を柳生はひどく間抜けな表情で見ていた。
 自分の手で何かを作り上げるというのは楽しい。特に手先の細かい作業は、時間を持て余した肩書きだけ受験生の俺にとってはこの上ない良い暇潰しだった。
 柳生は最初こそ呆れ笑いをしていたが、そのうち俺の折ったものに興味を持ってくれたらしい。

「器用なんですね」
「まあね。柳生も一緒にやる?」
「やめておきます。鶴くらいしか折り方を知りませんし」
「鶴でいいじゃない」
「訂正します。実はすごく苦手なんです、こういうの」
「へえ」

 意外なような気がしたが、想像すると頷ける。きっと柳生は折り紙やあやとりなんかより本を読んで幼少期を過ごしたのだろうなと思った。
 俺は柳生とは違ってそういった類のことは得意だ。代わりに柳生は俺よりもたくさんの世界を知っている。そんな二人が喋ってるんだと思うとなんだか妙におかしかった。
 お花畑みたいですね、と、俺の机を眺めながら柳生が言った。
 特に理由なんてない。ガーデニングは好きだし、色んな種類があって楽しかったから花を量産していただけだ。それが柳生にはプランターの中ではなく大自然に見えているらしい。花畑だってさ。なんともメルヘンなことで。けどまあ、こんなイメージの相違なら悪くない。
 俺は新しい紙をまた一枚取り出して、気の向くままに花を折る。出来上がったそれは今までのどれよりも出来がいいように思えた。そのまま右手を柳生に差し出す。

「あげる」
「えっ」
「柳生、今日、誕生日だっただろ。だからプレゼント」
「はあ……ありがとうございます」

 気の抜けた返事に声を上げて笑った。

 俺と柳生くらいの間柄だと、これくらい軽いものの方がいい。
 テニスをしている時は仲間だったし、今もその意識は変わっちゃいないけれど、特に仲が良かったわけではない。彼のために時間を割いて贈り物を選んだところで外すに決まっていると断言できるくらいには、俺は柳生のことを知らない。だからといって、誕生日を知らなかった振りできるほど他人でもない。
 だったら適当なものを適当に贈って、向こうも適当に受け取ってくれた方が後腐れがないと思った。結局は自己満足だけれど。

 暇潰しであったはずのそれを受け取った柳生は、しばらくじっとニセモノの花を眺めていた。まもなくして何かを思いついたように顔を上げると、鞄から文庫本を取り出しそこに挟む。

「捨てないの?」
「捨てませんよ、せっかく頂いたのに」
「ふうん」
「紙ですから使い道に悩んだのですが、栞にしようと思います。これなら型崩れもきっと大丈夫です」
「そう」

 僅かに厚みを増した文庫本を大事そうに抱えて柳生は笑った。
 たった今栞に昇格したそれが挟まれた箇所を開いては閉じて、そのたび嬉しそうにしていた。
 ――押し花みたいだな。
 柳生の影響でちょっとだけ夢のある気がすることを考える。
 大切にしますねという言葉を聞いて、こんなに喜んでもらえるならもう少し時間を掛けて折っても良かったかもしれないなと思った。
 そうだな。次は適当じゃなくてもう少しきちんとしたものを贈ろう。少なくとも来年の今日までは柳生から離れないでいてやろうと俺はひっそりと心に誓った。










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お世話になっている某方にネタを提供して頂きました。
幸村は器用だと思う。

2013.10.19.

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