夕焼け幻想曲 | ナノ


 見つけた瞬間これしかないと思った。浮かれてレジまで持って行って、お金を払って、やってしまったと気付いたのはその後だった。
 あまりにも簡単なことだ。少し考えれば分かったことだろう。さてどうしたものかと頭を掻いても現状が変わるはずがない。

 丁寧にラッピングまでしてもらったそれを眺めて溜め息を吐く。
 綺麗な色をしていたのだ。だからつい買ってしまった。しかし折り畳み傘なんて何をどうしても必要がない。なにせ奴は奇跡レベルの雨男だ。そんなものは既に持っていて当然で。
 帰宅後、包み紙の柄をじっと眺めながら考えた。
 やっぱり渡さないのは惜しい。上品で控えめな緑。奴の好きな色だ。似合わないはずがない。
 なんだかんだと忙しく、傘を新調しに行く約束はまだ果たせていない。
 新しい傘を差すと妙に浮かれた気分になる。願わくは、超ド級雨男の比呂士が少しでも雨を好きになってくれたら。
 ――当日は、雨だといい。
 いつにも増して雨を恋しいと思った。



「せっかく皆で祝うんだからその日は晴れるといいよね」。
 幸村君のその言葉は目と自分の頭を疑う程の効力を発揮した。すっかり失念していたが、幸村君といえば部内屈指の晴れ男だ。
 雨天続きでうんざりしていたチームメイトの誰かが比呂士に「もうお前はずっと幸村と共に行動しろ」と言っているのを聞いたことがある。あの時比呂士は笑っていたが、内心どんな気持ちだったのだろう。それを考えると複雑だった。

 誕生パーティーとかこつけた集まりはつつがなく終わった。
 片付けを終え部室を出るとそこには綺麗な夕焼け空が広がっている。
 比呂士とこんな景色を見るのは久しぶりだ。それを嬉しいと思えないほど愚かではない。ただ、プレゼントを渡すタイミングは確実に失った。包み紙が鞄の中で小さく鳴る。

「……ねえ、遊園地、行きませんか?」

 予想外の言葉に思考が出遅れる。

「今から?」
「ええ、せっかく晴れていますし。遊園地に行く約束は結局果たせませんでしたから」

 この機会は有意義に使わないと、と言った比呂士の声はあたたかい。
 比呂士も馬鹿だ。数ヶ月前に流れてしまったはずの約束を未だに果たそうとしているなんて。それは俺も変わらないのだけれど。
 嬉しくなって肩を叩く。痛いと言われようが知るか。全身で俺の一挙手一投足を受け止めやがれ。
 そのまま勢いで、絶対に持っているであろうそれの入った包みを投げるようにして比呂士に渡す。中身を確認した比呂士は目を細めてじっとじっと見つめていた。

 瞬間、冷たい風が耳を掠める。

 さっきまでの橙色が嘘だったように、空には雲が集まっていた。ぽつり、またぽつりと落ちた雫がコンクリートに染み込んだ。

「――降り始めましたね」
「そうだな」
「傘、お貸しします。いつも持ち歩いている折り畳み傘があるので」
「お前は?」
「私は、あなたにもらった傘がありますから」
「……うん。じゃあ、借りる」

 比呂士に借りた傘は、暗くなり始める風景によく馴染む紺色だった。俺には似合わないなと見上げながら笑う。
 ふと、比呂士と目が合って。
 紺色の傘の中、空気に溶けたふりをしてそっと唇を寄せ合った。










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タイトル思い浮かばなくて苦労した。

2013.10.19.

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