日常サスペンス | ナノ



「生温いのう」

 仁王君が呟いた。
 何がですか、と問い掛けると彼は手に持っていた文庫本を軽く掲げて見せる。先日仁王君が興味を示していたので貸した私の所有物だ。『今を駆け抜ける本格派ミステリー』がキャッチコピーらしい。その割には面白さはまずまずだったような気がする。
 そういう意味では確かに中途半端だ。だから彼も生温いと言ったのだろう。しかしそれはどうやら違うようだ。

「殺し方がな、生温いと思う」
「そうですか? アルコール依存症の夫を殺すには、お酒に毒を盛るのが最善だと思いますが」
「そういう問題じゃなか」

 仁王君はぱたりと本を閉じると不敵な表情で笑った。

「俺は、好きな人間を殺すなら、そいつの血を見たい」

 仁王君は笑っているのに、まるで今から自分が犯人の立場になるかのようなひどく真剣な瞳をしていた。

「血は嘘を吐かん。それに人間の体内を巡るいちばん綺麗なものだよ、多分。だから愛している気持ちが本物なら、俺はそいつの血液が身体から出尽くしてしまうまで刺して、流れていく様を観察していると思う」
「……へえ」
「だから結局この犯人の女は、旦那を心からは愛してはおらんかったんよ」
「随分極論ですね」
「そうか?」

 思わず声を出して笑うと、彼は特に機嫌を損ねる様子もなく読まない文庫本をぱらぱらとめくっていた。
 確かに極論で、けれど興味深い意見だ。とても仁王君らしいと思う。私にはそんな方法を選ぶ勇気はきっとない。
 ――私なら。

「ねえ、仁王君」
「ん?」
「だったら私を、殺してみます?」
「今?」
「今です」

 仁王君は私のことが好きでしょう。そう揶揄するように笑うと本気の『デコピン』が飛んできた。怒らせたのではない。彼は照れているのだ。なんとも分かりやすい。詐欺師なんて嘘ばかりだ。

「今は、やめとく」
「そうですか、よかった」
「お前命乞いしそうじゃけ、めんどいし」
「そうですね。今は少しでも仁王君の傍に居たいと思いますから、命はなくては困りますね」
「……もうええわ、なんでも」

 溜め息が漏れた仁王君の髪を撫でると、彼は鬱陶しそうにしながらも、私の手を払うことはなかった。



 物語の中の男は死んだ。けれど私は、確かにこの瞬間、彼の隣で生きている。










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『即興二次小説』にて、30分という制限時間で書いたSSのログ。
お題は「小説の中の血液」。

2013.8.30.

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