空気を掴む | ナノ
※82前提
「仁王を抱こうと思うんだ」
そう言うと柳生は、普段(たとえば『紳士』という二つ名だとか)からは到底想像できない間抜け面を見せてくれた。
俺の放った一言で柳生の整った綺麗な顔がこんなにも醜くなるのだ。そう思うとなんだかひどく可笑しい気分だ。とても面白く、不思議で、嬉しかった。
「……誰が?」
「俺が」
「誰を」
「だから、仁王を」
「いつ」
「さあ、どうだろう。今から行こうかな」
「……頭でも打ったんですか?」
眉間に皺を寄せながら、ハア、と大きな溜め息を吐いた柳生を見て、俺はこの反応が欲しかったんだなあと思った。もっと歪めばいいのにな。そうしたら、俺はもっと幸せな気分になれるのに。
十一月の部室は寒い。
赤く染まった指先で冷えた空気を掴むと心がとても安らいだ。
このまま時間が止まってしまえばいいのにとさえ思う。仁王を抱きたい俺と、俺の言葉ひとつひとつに苛立ちを覚えている柳生と、この空間で二人きりで。
あまりにも、いとおしいんだ。今のこの瞬間が。
ねえ、柳生?
お前が俺を抱いてくれるんだったら、仁王を抱くこと、考え直してもいいよ。
顔をしかめたまんまの柳生が、そっと俺に近付いて、
――額に手を当て、「少しだけ熱があるみたいですね」と言った。
早めに帰った方がいいですよ。
続きの仕事は、私がやっておきますから。
送るよ、くらい言ってくれてもいいのに、紳士なんて嘘ばっかりなんだ。
きっと、奴は、愛してるんだろうなあ。
仁王のことを、さ。
俺は結局、どっちのことが好きだったんだろう、なあ。
******
2010年11月7日。が、最終保存日付になっていて焦りました。
いつまでも未完成のサムシングをフォルダの肥やしにしておくわけにもいかんので、とりあえず書き切って、ちょうど二年経った2012年11月7日に埋葬します。
二年間お疲れ様。笑