過去の男は未来を想う | ナノ







※去年のこれの別視点、のような話
















 久方振りに寝坊をした日だった。
 もとより低血圧な自分は朝に弱かったが、時間に厳しい男と共に過ごした数年間の習慣はそう簡単に抜けるものではない。今ではすっかり俺の生活の一部になりつつあり、酷く滑稽な話だなと思った。
 そんな自分の体内時計が他のいつでもない今日狂ってしまったのは、多分偶然なんかじゃない。きっとどこかで無意識のうちに思うことがあったのだろう。
 今日は奴の誕生日だから。





 肌寒さを覚える十月中旬、自他共に認めるコーヒー派である俺は、毎年この日だけは紅茶を飲むことにしている。市販のティーバッグを使った安上がりな味も、俺の舌を満足させるにはじゅうぶんだ。
 本当はもっと美味しくなる方法があるのだが俺はそれを知らない。
 淹れ方を教わる約束を破らせたのは俺だった。

 十分先の未来は、幸せであったぶんとても息苦しいものだった。
 その空間は自分達を悪く言う“おとな”から目を背けるのにはとてもいい世界だった。しかし勿論いいことばかりではなかった。たった二人しかいないというのは、目の前の人間を愛さなければいけない理由になった。俺は確かにその男を好いていたのに、いつのまにかその事実に疲れてしまっていた。
 奴の手を離すことになんの躊躇いも迷いもなかった。もしあったのだとしても、その頃にはもう失くしていた。
 すべてを投げ捨てて逃げ出した後、とてもすっきりしている自分を見つけてしまった時、どうしようもないやるせなさを覚えた。ごめん。その声はもう奴には届かなかった。





 なあ、柳生。
 人間はそう簡単には変われない。
 十分前の“現実”を生きる俺は今でもお前の誕生日を覚えているし、紅茶を飲みながらこうして未来に想いを馳せている。そこに愛は、きっと残っていない。それでも早起きの癖付いた身体と同じように、お前の欠片はなかなか俺からなくなってくれないんだ。
 ひどく切なくて、憂鬱で。

 ――だが、案外、この世界も悪くないよ。

 いつか、戻ってきたら。
 今度こそ親友と呼べる立場にいたいし、そうなりたい。
 過去の時間軸に存在する自分は、確かにそう思っていた。










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未来を懐かしんだ男の話。

2012.10.19.

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