篝火 | ナノ





 柳生の下足箱の中に、コスモスを一輪しのばせておいた。机にはダリアを、革のカバーが掛かった本の間にはトケイソウを。そしてグラウンドに向かうその頭上には、乾燥させたクレマチスを降らせた。
 絶対に姿を見せないようにして挑んだ悪戯だったから、「あなたでしょう」と言われたとき、俺はとても嬉しかった。
 仁王君にしてはずいぶん趣味が良いんですもの、だってさ。

 屋上庭園、肩を並べて座った彼は夏よりも少し身長が伸びたみたいだった。
 メタルフレームの眼鏡越し、見つめた瞳は穏やかに笑っている。腹が立つけれど、きれいだと思う。
 俺はこういう穢れを知らない彼を好きになったのだなあ、と自覚してまた胸がチクチクした。
 同じクラスになったことはないけれど廊下ですれ違えば会話くらいしたし、教科書を貸してもらったこともある。こんな関係が気に入っていて、だから自分の気持ちに蓋をするのだと決めていた。
 不毛な恋を育てるのは、実はけっこう楽しいことだったりする。

「柳生さ、今日誕生日だろ」
「ええ」
「だから考えたんだ。普通にプレゼントしたんじゃつまらないから」
「……そうでしたか」

 くすくす笑う柳生にシクラメンの鉢植えを渡しながら話した。
 柳生のことを想って、この日まで大切に大切に育てた花だった。
 ――『花言葉は』、

 忘れられない誕生日にしたかったのだ。
 いや、忘れてもいい。でもいつか大人になったとき、ふと「そういえばあの日は花が降ってきたな」と思い出してほしいと思った。
 記憶の片隅に、少しでも存在できるならそれでいい。
 そう考えている自分は案外一途なのかもしれない。

「……本当はね、」

 視線は鉢植えの方に向いたまま、柳生が口を開く。

「朝、コスモスを見つけたとき、それがあなたの仕業であるという確証はなかったんです」
「そうなんだ?」
「……ですが、あなたのせいであればいいなと思いました」

 ――ああもう。
 そんなことを言われたら、伝えたくなるじゃないか。





 シクラメンの花言葉は、『切ない私の愛を受けてください』……なんてさ。










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両片想いの小さな恋。

2012.10.19.

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