猫の首に鈴 | ナノ
「こんなこと柳生にしか頼めんから」。
そう言って、彼は猫を置いていった。
やれやれと頭を抱えるもその行動は無意味に終わり、近くのホームセンターまで自転車を走らせた。
たまたま目についたから、というそれだけの理由で適当に買ってきたキャットフードを、小さなその子は懸命に食べていた。
よほど空腹だったのかもしれない。
指先でそっと仔猫に触れる。それは柔らかく、あたたかかった。
彼――仁王君は猫に似ている。
気が強くて天気屋で、縄張り意識が強い。一度気を許した相手にはとことん甘える。
そんな彼を、私は可愛いと思った。
私に対する警戒心を少しずつ溶かしていく仁王君にいつのまにか惹かれていた。
私は自覚してしまった。
こんなこと、
(気付きたく、なかった)
まだ生まれて間もないのであろう仔猫に、真新しい首輪を付けた。
彼は私の性格をよく知っている。だからこそこの子を私に預けたのだ。
私は猫が特に好きなわけではない。けれど一度でも彼が抱き寄せた猫を、もう一度捨てに行くことなどできるはずがなかった。
この子を家に置いておくことに親も否定の言葉を口にはしないだろう。
皮の首輪を手に入れた猫は、最後の一粒まで余すまいと丁寧に皿を舐めていた。
――嗚呼。
恋なんて、けっして綺麗なものではないのだ。
欲深く罪深く、憎まれるべき感情であると。
もしも願いがひとつ叶うとしたら、私は、彼に首輪を付けて鎖で繋いでおきたい。
これでもう彼は私の元を離れはしないだろう。
それとも、飼われたいのは私の方だろうか。
地位も家柄も血統書も何もない、雑種の猫になって、彼に擦り寄って。
そうして私は彼に拾われ、そのまま繋がれたいのだろうか。
きっと、悪くない。猫になれるのなら。
彼の傍にいることを、許されるのなら。
まだ中身の多い袋の中から、仔猫用のキャットフードをひとかけ取り出す。
口に含むも、それはあまり美味しくなかった。
――ちりん。
足元にいる猫の首から、羨ましい鈴の音がした。
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2012年5月16日〜2012年8月1日拍手お礼。
束縛とは凶器である。