むかしむかしのおともだち | ナノ
「よう」
随分と慣れ慣れしく声を掛けてきた男がいた。不思議な色をした襟足部分だけ伸びた髪と、鋭い目付きと、口元に黒子を持った男だった。
知らない男だった。
「……どちら様ですか?」
そう問うと、見知らぬ彼は喉を鳴らして笑った。不格好だけれど邪気のない、素直な笑い方だった。
――私はそれを、どこかで見たことがあるような気がした。
けれどそれが何であったか、思い出すことはできなかった。
「もう思い出せん……いや、『思い出さん』ようになったんじゃな」
目の前の男は、
幸せそうに、それでいてどこか寂しそうに、微笑んだ。
どこかで見たことがある。
そう、毎日顔を合わせるあの顔。
鏡に映る自分の顔と――よく、似ている。
それは似て非なるもの。
彼の方が少し幼く、あどけないように見えた。
――ああ、彼は。
「俺のこと思い出さんくらい友達ができたなら、よかった。
もう、二度と会いたいなんて思ったらいけんよ」
“ちぃと寂しいけどな”。
そう残して、彼は目の前で消えていった。
私に『ありがとう』の一言さえ言わせないまま、文字通り、跡形もなくいなくなってしまった。
慣れ合いが下手だった幼い頃の私の、鏡の向こうに存在する、ただ一人の友達だった。
むかしむかしのおともだち
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鏡の前でひとり遊び。
けれどそれはもしかしたら、幻ではないのかもしれない。
2012.6.28.