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「人間として…か」
「…」


僕は何も残さなくていいよ。
新羅のその言葉を思い出した。あの秋の、屋上での事。


「人は死して名を残す、じゃなかったのかい?」


虎でも人間でもなければ君は何になるつもりだい?と問う。


「よく分からない妖怪にでもなるのかな」


だけど彼女と一緒に居られるなら…


「僕は自分が人間じゃなくなっても構わないよ」
「……」


やはりどこかおかしい。この人も、あの人も、姓も。
誰もが頭のどこか1本でもネジが飛んだ、人間じゃない人間。
俺も同じ言葉を言えるだろうか。いや言う必要性がどこにある。
人間をこんなにも愛している。新羅のように自分が妖怪になる必要なんてどこにもない。




「…やあ新羅」
「また珍しいね、折原くんから連絡してくるなんて」


突然どうしたのさ。と付け加えた新羅の音声。
臨也は片耳にスマホを構えている。


「ひとつ仕事を請けてもらいたくてね」
「…なんなのかは今は聞かないでおくけど」


面倒事だって事だけ、薄々感じてるよ。
そう返ってきた音声だが、意外と気楽そうだった。


「まさか。でも、少し君の父親にも関係してる事さ」


そう言うと、えぇ…?と嫌々そうな返事が返ってきた。


「父さんがぁ…?」
「そうだよ」


海外流通には達者だろ。現に務めてたんだから出処も大体は絞れると思ってね。
…と、割り切った。やはり割り切ったという言い方で合っていると自分で思う。
今まで何故このふたりを頼らなかったのか。それは、頼るという解釈が嫌で仕方なかったから。
あとは自分の背景に、新羅も知っている同級生そして彼女と断定されていたその女性の存在があるから。


「…で、どんな頼み事かな?」


折原くんが直々に言ってくるんだから、相当だろうね。


「君も知ってる人物を家に向かわせるよ」
「僕も知ってる人?」


一体誰だろう?と新羅は独り言を呟いた。
今現在この室内にセルティは居ない。ひとつ仕事が入っていたからだ。


「すぐに分かるよ」


きっと驚くだろうね。


「驚くって何に…厄介事じゃないなら全然大歓迎なんだけど」


っていうか、それなりに高いよ。


「ちゃんと支払うよ」


詳細はその人物に伝えておくから。


「じゃ」
「えっちょ、ちょっと待ってよ」


臨也はスマホを耳から少し離したが、新羅のその声に反応して再び手元を戻した。


「なんだよ…」
「…」


少しだけ沈黙が続いた。
新羅が言わんとしている事は若干分かる。
そういうものを醸し出してしまっている自分の所為だ。


「…最近、違法グループが騒いでるって話じゃないか」
「まあ、それならみんな知ってるんじゃないかな」


そう返すと、新羅は まさかそれと関係があるのかい?と言った。


「それはどうかな」
「…」


会えば分かるよ。じゃあね。
そう言った臨也は早々に通話を切った。


「……」


会えば分かる。全くその通りだ。
どんな事情でそうなったのか、新羅はすぐに理解するはずだ。




正午過ぎ、未だセルティは帰ってきていない。
窓の外の景色はとてもいいものだ。快晴で雲ひとつなかった。
コーヒーの入ったコップを片手に握って窓際でそれを見つめていた頃、インターホンが鳴った。


「はいはーい」


いつものように、コップを硝子テーブルに置いて小走りする。
フローリングに擦るスリッパの音をさせながら、廊下を行く。
早々にハンドルへ片手を掛けて、ガチャッと開ける。


「…」


臨也がここへ向かわせた人物。


「え、あれっ…?君…」


既視感があった。
もしかして… と言いながら瞬時に過去を思い返していく。


「は、初めまして…」
「え?」


折原さんに言われて来ました。
なんか、色々と調べてくれるそうで…


「え、あ…ああ、まあ…なんていうか…」


新羅の頭の中で、目の前の女性が高校時代から知っている姓であると結論付いた。
それはもう一瞬で分かった。当時の面影が確かに残っているからだ。あの子が大人の女性へと成長を遂げている。
そう認識したのに、何故姓はこんなにも他人行儀なのだろうか。


「…忙しいのにすみません」
「いやいや気にしないで」


とりあえず上がってよ。
そう言いながら姓を片手で促す。


「何か飲みたいものは?なんでもあるよ」
「…」


奥の部屋へと進んでいく背を追う。
窓の外からの光がチラッと反射した硝子テーブルに視線がいく。
そこにはマグカップに濃い色をした飲み物があった。


「…じゃあ、コーヒーで…」
「うん。適当に座って〜」


小さく返事をしつつ、数歩いってソファに座る。


「……」


とても綺麗な室内だ。
景色が結構高い位置から見えるし、風もよく通りそう。


「…あの、折原さんとは知人と聞いたんですが」
「そうだよ。知人っていうか、なんていうか」


こんなところに住んでいる人があの人と知り合いだなんてと思ってしまった。
正直言うとまああの人の室内は生活感がない程にあれだったが、ここもそんな感じがして。


「…はい」


と、目の前のテーブルにそっと置かれたコーヒー。ありがとうございますと小さく言って見つめる。
座に乗ったコーヒー用のカップと、その横には小さいスプーン。シュガーとシロップ。


「それで…なんでここへ?」


詳細を聞かせてくれないかな。と、新羅はそっと姓の横へ腰を下ろした。
少し距離をとった位置から顔を横へ向け、姓の横顔を見つめる。


「…記憶を失くしました」
「……」


少し間が開いた。
姓の横目には、どことなく驚いている表情が微かに見えている。


「…記憶を失くしたっ?」


少し声を上げた新羅は思った。折原くんに言われた通りだった。確かに驚いたと。
それともうひとつ。他人行儀なのはそれの所為かと。


「はい。わたしには理解出来ません」


でも折原さんとは幼馴染みで、あなたとも知人であると言われました。
入院歴もありません。事故で頭を打ったとかもないはずです。


「あなたの力を借りれば…もしかしたら喪失部分を取り戻せると」
「いや…まず先に、記憶操作なんてそんな便利なものはないよ…」


物理的にならよくある話だけど…
そう言うと、あるみたいなんです。と返ってきた。


「あなたの父親がそれを知ってる可能性があるようで…」
「え?ん〜…ちょっと話が呑み込めないんだけど…」


やっぱり君は、僕の事を覚えてないって事だよね。
そう問うと、はい。とだけ返ってきた。


「じゃあ、もちろん依頼主である折原くんの事も」
「知らなかったです」


ここ最近までは他人だと思ってました。


「他人だと思ってたって…君の身に一体何があったの」




あの時…付き合ってるって言える?と聞いた本気度は嘘ではない。ただ新羅が勝手にそう言いだした事が気に入らなかっただけだ。
まあ間違いではない。だが改めてそう表現されるのは、自分の中の何かが許さない。
それはそれ、として考えて。今は頼るも何もプライドを捨てなければなんのヒントもなく、このまま終わるのではないかと。
表に出してはいけない。あの高校時代も内心ではかき乱されていた。それを無表情に訂正して、普通の今まで通りを演じて。
大人になった今も尚、それと同じ事をしているような気がする。
新羅に連絡を取った時点で少しは解消されたかなと自分の不思議さを克服した気でいる。


「…あ、ごめんちょっと待ってね」


仕事の電話だ。と、新羅は鳴る携帯を片手に持ったまま歩いていく。
テラス戸を開けてベランダへ出たのちに、その携帯は耳元へと向かった。


「……」


姓は黙ったまま新羅の背から視線を落とし、まだ手を付けていなかったコーヒーのコップへと片手を伸ばす。
少し甘い香りが鼻をくすぐる。この匂いを感じながら、口を付けた。


「……」


微かに話し声が聞こえる。だが内容は全く分からない。
ひと口飲んだあと、そっと音を立てずに戻していく中、思った。
今までよりも安心している部分が大きい。ほっとしている。解決策へと徐々に進んでいるような気がする。
やっと見えてきた光はまだ小さい。だけど…


「…なんでこんな重大な事を今まで隠していたのさ」


締め切った戸の外では、新羅が携帯の音声に向かって会話を続けている。
笠木に体重を預け、高所からの景色を眺めながら。


「それは分かってるつもりだよ…」


まぁ約束した覚えはないけど、君がそれを正真正銘、約束と言うなら力を貸すよ。


「あっはは、いやあそれ程でも!」


おそらく新羅は、素直じゃないだのなんだのと文句を言われたのだろう。
相手の音声は、別に褒めてないんだけど。と返したのか、新羅は陽気に返事をした。
その表情が姓の目に映っている。


「うん、分かってるよ」


父さんにも言っておく。あまり気は乗らないけどね。と、そう言いながら戸を開けた新羅。
徐々に声が鮮明になった途端に視線を外した姓は、自分の膝元をじっと見つめていた。


「ごめんね。折原くんからだったよ」
「…彼はなんて」


ああ、君の事頼むよって事だと思うよ。
解決まで付き合えってさ。


「でもこれはかなり要約してるんだけど」


嫌味もそれなりに言われたんだろうなと思った。
あの人は昔からそ…


「え…」
「ん?どうしたの?まさかコーヒーの味変だった?」


すぐに変えるよ。と言った新羅に、姓はすぐさま言い返した。


「いえ、違います」
「え?」


すみません。急に変な事言っちゃって。
謝る必要はないかもしれない。だが少し混乱してしまった。


「いや…なんていうか…」


なんか思い出した?


「……」
「……」


唐突だった。何故か言葉がすらっと出てきてしまった。
理解が出来ない。あの人は昔からそうだったなんて言おうとしたのは、どういう。


「…コーヒー、おかわりいただいてもいいですか」
「えっ?」


新羅の軽い驚きを聞き流しながら、姓は半分残っていた分を全て飲み干した。
そのまま手渡すと、新羅は お菓子もあるから食べてよ。と陽気に返してくれた。


「……」


わたしはこの人の事も知っているはず。
あんな優しい人が、わたしの知り合いに…?
聞いた事ある声、という認識は…昔の記憶が呼び覚まされているからという考え方でいいのか…?




「そういえば昔…」


海外で新薬を開発していたって話は聞いた事があるよ。
対策はしっかりしていただろうから、僕だって詳しくは知らないけど…


「一応、かなり前に存在してた危険薬なら」
「危険薬?」


そう、危険薬。
危険と名乗ってて薬と謳ってるのは全く成り立ってないんだけど。


「明晰夢なんかがいい例かな」
「は?」


じゃあ、金縛りとか幽体離脱とか。


「いや、それとなんの関係が?」
「脳は起きてて身体が眠っている状態だ」


その逆で、脳が眠っている時間がある。
その時に使うんだよ。


「するとどうなると思う?」
「…」


無理矢理脳内に入り込むんだよ。語りかけて、起きろって命令する。
ただ身体は起きてるから、脳がそれに気付くまで時間がかかる。


「覚醒作用がないとだめなんだ。だから脳はダメージを負いながら目覚めていくしかない」
「そのダメージって…」


そうだよ。ダメージを負う部分には個人差があるだろうけど、君の場合は記憶器官だ。


「でもこれは僕の推測に過ぎない」
「…じゃあ、どうすれば」


安心して。折原くんに頼まれたわけだし、君を放っておくなんて事はしない。


「医師としての責務を果たすよ」
「あ、やっぱり医師だったんですね」


なんか詳しいなぁとは思ってたんですよ。


「あ、まぁ…まあね、はは…」


医師は医師でも闇なんて言葉が付け加えられる。
ただ知識はしっかりある。これは父からの受け売りだ。
今この状態の姓に闇医者だなんて暴露しない方がうまくいくだろう…と苦笑いをしながら思った。


「あとは…父さんにも一応話してみるよ」


僕の父さんも医師だからね。まあ好き嫌いはあるだろうけど…


「え、好き嫌い…?」
「うん。あはは…」


初診で思うあれと同じような事かなと姓は勝手に思った。
初めて行って話してみた結果、この医師とは合わないなと思う瞬間。
淡々とし過ぎているとか、聞きたい事があるのに中々聞けないとか、そういう…


「…結局、今の状態をすぐに治す事は出来ないんですよね?」
「そうだね」


副作用としては重過ぎるけど、こればっかりは君次第だし…
段々思い出してくるはずだよ。ダメージ修復はされてると思うし。


「じゃあ…」
「ん?」


さっき…折原さんの事を昔からそんな人だったなって思ったんです。


「えっ?ああ、もしかしてさっきのコーヒーがぶ飲みした時?」
「そ、そうです」


これって思い出してる証拠ですか?


「そうだね。まさしく」
「…よかったです」


ちゃんと思い出してきてるなら、いずれ…


「ただ…多分結構時間かかると思うよ」
「……」


本当は記憶抹消なんて都合のいいものなんて存在しちゃいけないからね。
医師だとしてもそんなやり方知らないし、医学でも解明は難しい。


「それを未知の違法薬物で開発なんて、もってのほかだし」
「まあ…そうですよね」


そう返事をしたが、もしかして使用者としてわたしは判断されるのだろうかと思った。
もしかして、捕まる?と。


「あの、わたしは被害者でいいんですよね…」
「え?どう考えてもそうだと思うけど…」


ならよかったです…と少しほっとした表情をした。
新羅は ん?となったが、それ以上はつっこまなかった。


「…ま、そんな薬以前に、都市伝説なんてのがあるから」
「都市伝説ですか?」


僕と一緒に住んでる。


「えっ?都市伝説とって事ですか?」
「まぁこの話は今度また来た時にでもするよ」


そう言われ、姓は不思議さを残しつつテーブル上の菓子へと手を伸ばした。


「あ、ちょっと待って」
「え?」


伸ばした手を少し引っ込めると、その前に採血だけさせてくれないかな?と言われた。


「はい。分かりました」
「今準備するよ」


そそくさと立ち上がった新羅は廊下へと姿を消し、内部建具を開けた音だけが響いた。


「……」


よかった。ちゃんと医師から徐々に思い出せると言われた。
普通に過ごしているうちに、ちゃんと思い出せるんだ。



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