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…折原臨也。そう名乗った時の表情は分からなかった。
電話越しだったのにも関わらず、何故か頭の中に薄く浮かんだような気がした。
どこかで見ているのかと思いながら、他人に対してすらすらと会話をしていた。
何故か電話の声を呑み込めてしまったのだ。頭で理解するというより、すっと入ってくるような状況に、怯えていた。


「…あの、どちら様ですか」
「俺は折原臨也。情報屋ってやつさ」


それよりもまず先に、一応そこから離れてくれないかな。


「はい?」
「うしろ見てごらん」


何人か君のあとを追ってる奴が居る。
同じ服装してる奴らが見えるだろ?


「え…」
「分かった?」


とりあえず今は俺の言う通りに動いてくれないかな。
話はあとでゆっくり出来るし。


「いい?」
「…突然知らない人にそんな事を言われても困ります」


すみません。ではこれで。


「ちょっと待ってよ。まさか信憑性疑ってるの?」


気付かなかったなんて言わせないよ。うしろのあれは確実じゃないか。
助けられるのとあの人達にまんまと捕まるのとじゃ、どっちを取るのかなんて決まってると思うけどね。


「…捕まるって…なんでわたしが」
「理由もあとで話すよ」


今のところ追い込まれる前にそこから離れた方がいい。


「……」


もう1度振り返った。すると数分も経っていないというのに、何人かの配置が変わっていた。
先程よりも近付いていたのだ。


「時間がないよ。さぁどうする?」
「…分かりました」


言う通りに動きます。
その言葉に、電話越しの男は小さく笑いながら言った。
…昔のままだと。




昔のまま、という言葉がまさか幼馴染みだからという意味だとは思わないだろう。
またなんかの悪戯で、そういう電話だと思っていた。少なくとも今日までずっと、友好関係なんてそこまで深いものはないと思っていた。
だがなんだ。今までの奇想天外で理解不能な出来事は全てあの幼馴染みのおかげで回避していたという事になる。
なんだ。どういう展開だ。これまで在ったはずのわたし自身を思い出せないというのに、何故。


「…あ、ありがとう」
「礼なんていんだよぅ!」


あのいざ兄が急に頼んできたって事は、なんか特別な理由がありそうだし!


「でもなさそう!でも気になる!」
「あはは…いや、あのー…」


ねえねえどんな関係?!彼女なの?!恋人?!


「セフレ?!」
「…セフレはない…」


目の前の、わくわくうきうきした様子を全身に表している子。
その隣で澄んだ声色のつっこみを入れた大人しそうな子。


「っえー!あるかもしれないじゃん!」


女の人だと思わなかったもん!くる姉だってそうでしょっ?!


「黙って」
「うっ!」


突然何をしたんだと思えば、大人しそうな子が片手に握っていたのはなんかのスプレーだった。
隣の子が目元を押さえて悶えているという事は、これは…


「まっ…街中で催涙はやめてよくる姉っ!」
「静かに」


な、仲がいい事…


「あ、あのさ、わたしあの人と幼馴染みらしんだ」
「えっ?!」


涙ぐんだ充血さを我慢しているのだろうが、あてていた両手をバッと動かして見つめられた。
確かに兄の幼馴染みとなれば気になるのかもしれないが…
いやその前に、わたしは何故この状況に対して普通で居られるのか…


「幼馴染み?!じゃあいざ兄とちっさい時から一緒なのっ?」
「まあ…そうらしいけど…」


っへえー!初耳だよ!ね、くる姉!と元気に振り向く。


「意外」
「ほんと意外!いざ兄に女の子の幼馴染みが居たなんて!」


そっかー幼馴染みかー…単に知ってるだけだと思ってたけど、今回は違ったんだね!
そう言われ、今回はってなんだ?と思った。


「…じゃ、じゃあわたしここからひとりで帰るから」


早々に切り上げようと思い、片足を行き先へ向ける。


「えっここら辺じゃなかったんだ。いいの?」
「危険…」


心配してくれるのはありがたいが、自宅を知られるのは嫌だし。そもそも社宅だから。
あとは…なんだかんだ言う通りにし続けているというのが気に入らないから。
この子達はとてもいい子なんだが…まあ、申し訳ないって事で。


「大丈夫だよ。ふたりも早く帰らないとね」
「っええ〜これからだって言うのに〜」


駄々をこねる子の隣で、一心に見つめるもうひとりの子。
視線を合わせると、最後まで送る。と言われた。


「…う〜ん」


どうしたもんか…


「約束」
「そうだよ!このまま帰ったら怒られるよ!」


見返りだってちゃんと請求出来ないもん!
再び口を挟んだ子はムッとしていて、その表情を見つめながら、あとから見返りだのなんだのって…という発言を思い出した。
いやその通りだった。やはり3人は家族なんだ。双子でもあるし、妹というのも確かに合っていた。
…嘘を言われていたわけではなかったんだ。


「怒られるって?」
「そうそう!ちゃんと言う通りに送る事が今日のミッション!」


途中までって言われたけど、最後までだったら見返りも倍!


「……」


まあ筋は通ってる…のか?まあいいや…


「分かったよ…」
「やったあ!」


ついでに家にあがっ


「だめ」
「即答が即答過ぎるよぉ!」


いいじゃんちょっとくらい遊んだって!


「逆に今さっき知り合った年上に向かってなんの警戒心もないのがすごいよ」
「それはお互い様ってやつ?っていうかもう友達?」


なんで疑問形…


「まあいいから行こうよぉ!」
「あ、ちょっと…」


片手を繋がれて無理矢理引っ張られた。
小さく微笑んでいる子もうしろからついてきている。


「年上の女性って憧れるよねぇくる姉!」
「…尊敬」


…このふたりの性格が全くの別人なのだが…なんだこの差は…
まあでもこういう人も居るわけだよなぁ…兄というあの人も全然違うし。
そう思いながらなんだかんだ社宅へ着いたのだった。道中はずっと話しかけられっぱなしで、相槌をうつのだけでも疲れるくらいだった。
同じくらいの歳の時、わたしは一体どんな生活をしていたのだろうとも思った。


「…へえ、アパートなんだね」
「普通…」


ちっさく普通って言わなくても…と苦笑いした。


「まあ社宅だから」
「そうなんだ?」


ねえ今度遊びに来てもいい?と無邪気でそして控えめな笑みを向けられた。
案外周りの静けさに気を取られたのだろうか。


「ここ、住んでるみんなが社員だから。遊ぶなら外かな」
「あ。遊ぶのは許してくれるんだね!」


…本気で遊びに誘ってたって事かな?と思った。
なつっこい性格をしてるんだな、とも思う。


「何して遊ぶ?あ、一緒に幽平さんのDVD観ようよ!」
「ゆ、ゆうへい?」


えっ?知らないのっ?!と驚かれた。
つい声が大きくなってしまった事に自分で気付いたのか、隣の顔を見て あはは…と苦笑した。


「…ああ、平和島幽平かな?」
「そう!」


なるほど、俳優が好きなんだ。
でも画面に張り付くまで好きとかそこまでじゃないよね…


「もうずっと見てたい!会えないかなぁ!」
「…無理」


なんで無理なのー?明日こそ会えるかもしれないのに!


「居なかったから」
「…あー、まあ今日はもう遅かったけど」


でも明日なら会えそう!


「えーっと、なんかドラマの撮影でもしてた?」


何故か口を挟んでしまったが、別に気になるわけではない。
本当に何故か分からない。


「ドラマでもないみたいだけど!」


今日来るらしいって広まってたから!


「へえ…」


ただ会話を続けたかったからか、それとも今日で本当にこの子達との繋がりが消えたら。
どっちにしろ関わっていたいというものが確かにある。
誰に対してもそうなのか。何も感じない何も思わないと囁きが聴こえても、それとはまた別の訴えかける声がある。
昔の声のようにも聴こえるそれは時に今の自分を寄り戻そうとする。


「じゃあなんかあったら連絡して!」
「うん、じゃあね」


一体どこへ。どこへ向かって戻そうとしている?
はっきり見えてしまえば簡単なのに。


「……」


ふたりの後ろ姿を見送りつつ、すっと視線を外して後方へ向きを変える。
電気がついている部屋とそうでない部屋がまばらにある。
ふと思った。自分が狙われているというのが本当なら、何故この家を襲ってこない?と。
外に居る時だけなんて、理由がない限り人目につくような場所はそう選ばないのが犯人ってものじゃないのか。


「……」


なんとなく視線を感じるが、知らないふりをしておこう。
…と、そんな事を考えながら、ドアを開けて足を踏み入れた。早々に施錠し、靴を脱いでフローリングを歩いていく。
感じた視線というのは、どこかしらで監視していたあの数人と、それに混ざる双子のものもあった。
陰から見守っていたふたりは、片方のスマホ画面に注意が向く。


「…一応報告しないとね」


何人かあとつけられてたけど、家に入るなんて事はないっぽい。


「なんでだろ?」
「…」


いざ兄なら知ってるかな?


「聞いてみて」
「そうだね」


ふたりは歩きスマホをしながら、家路へとつく。




そうそう、昔の話をもうひとつしようか。
高2の、秋本番前。


「……」


これは屋上に居た昼下がり。天気が変わりやすい季節のわりには、この日は快晴だった。
フェンスに背を預け、雑誌を開いてただ時間を潰していた。
そこに、新羅が現れたのだ。


「……」


…こんなに普通な学校生活を、この俺が。ただの生徒だからとか、ただの10代だからとか。そういう理由もある。
何回も言うけど、この頃はまだ正常な部分の方が多かったと思う。
例え何かが支配しようとしていても、むしろそれに自覚すらなくて、逆に自ら黙認していたとしても。


「やあ〜折原くん」
「…」


ぼやっと何かを考えていながら、両手を軽く広げて駆け寄ってきた新羅に無表情を向ける。
姓はクラスで友達と居る。昨日調子に乗った発言をしたからか、朝からずっと他人扱いをされている。


「昨日は派手に喧嘩してたねぇ」
「喧嘩?何言ってるんだ」


少しだけ眉間を寄せて、嫌々そうに視線を落とす。


「あの単細胞の化け物に、殺されかけただけだ」


一体なんなんだい彼。と続けた臨也の頭の中では、平和島静雄をトラックに撥ねさせた場面が映し出されている。
新羅にとっても、姓が怒るなんて事はただの日常。普通の出来事として平常化されている。
むしろ平和島静雄とのごたごたの方が、最近では興味あるようだった。


「うまく誘導して事故らせてやったのに、トラックに撥ねられてもピンピンしてるなんて」
「おもしろいだろー?」


…新羅の笑顔がたまにムカつく。能天気だ。


「折原くんは人間が好きだって言ってたからね」


興味あるんじゃないかと思って。
…と、また笑顔で顔を近付けられて、雑誌を目の前でバッと閉じたあと、あれは人間じゃない!と言い切った。
ていうか、興味を向けてるのはそっちだろと思う。


「野生動物か、それこそ化け物だ」


そう言いながら雑誌を脇に抱えて、新羅の横を歩いていく。
でも… と口をついた新羅も、臨也のあとを追っていった。


「出来る事なら、ふたりには仲良くしてほしいんだけどね」


だって…仲良くしない限り、君と静雄くんの相性は最悪だよ?


「昨日の様子を見た限りじゃ、人死にが出る」


少なくとも、君達のどちらかは死ぬかもしれない。


「大袈裟だな」


そもそも引き合わせたのは新羅だろ?


「僕が間に入った方が仲良くなりやすいと思ってさ」


両手をポケットに入れて歩いている学ランの後ろ姿。
後方についてくる新羅の両手はうしろで組んでいて、なんとなく気楽そう。


「まあ…うまくいかなかったなら仕方ないや」


殺し合いになったら僕の友達が、ひとりかふたり減るだけだ。


「それはそれで構わないよ」
「…」


…いや、むしろなんでそんなに気楽なんだ。


「…友達甲斐のない奴だ」


足を止めて少し振り返る臨也は、なんとも気持ちのこもっていない言葉で切り捨てる。
…が、新羅はまるで気にしていない。しょうがないさー!と言いながら臨也の前に立つ。


「僕は世界中の人間が死んだとしても、愛しい彼女さえ生き残っていればいんだからさあ〜」


と、指を交差した両手に薄く赤らめた頬をして言う。


「…」
「っそうそう!」


そして話を突然変えた新羅はずいっと臨也に近付き、目を合わせる。


「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。って知ってるかい?」
「さあ」


そう返すと、静雄くんはまさに虎だよ。と新羅は言う。


「静雄くんが死んだら、彼が身に纏っていた皮!」


あの人間離れした力が生んだ武勇伝が珍重されて、都市伝説になるだろうねえ!
などと、手振り身振りで熱弁されても…と思ったが。


「…そう!ただの噂話じゃないよ!実在した都市伝説だ!」


むしろ平和島静雄っていう人間は、死んだあとにこそ!


「人間を超える存在として完成するのかもしれない!」
「……」


あの男が?都市伝説になって生き続ける?と、口をへの字にしたまま無言で考える。


「……」


人間を超えた存在?
…っ馬鹿馬鹿しい。あれはただの獣だ。


「じゃあ、あの虎が皮を残すとして、君は人間としてどういう名を残す気なんだ?」


俺は君が猟奇殺人鬼として名を残すんじゃないかって、わくわくしてるよ。


「…人間として、か…」


僕は…


「……」


これは俺の憶測に過ぎないけど、新羅はもう取り返しのつかないところまで足を踏み入れてたんだと思うね。
いや憶測なんかじゃない。憶測なんて言って俺自身の状況を正当化しようとしてただけかな。
しかも新羅はずっと前からおかしいしね。


「…あ、そういや彼女、また折原くんの事愚痴ってたよ」
「いつもの事だろ」


なんか折原くんって毎日誰かと喧嘩してるよね。という新羅の返しに呆れた。
喧嘩の原因はふたつある。ひとつは明らかに新羅が関わっているからだ。


「片方は俺の責任だとして、もうひとつのあの化け物はお前の責任だろ」
「なんでそうなるんだよ。僕はただ仲介してやっただけだよ〜」


そもそも喧嘩腰なのはお互い様じゃないか!と笑いながら言い返された。


「…折原くん。ほら」
「は?」


突然後方へ指を差され、振り向く。
すると友達と歩いてきた姿がそこにあったのだ。


「静雄くんとはうまくいってないだろうけど、彼女とならすぐ仲直り出来るだろ?」


いくら奥手の君でもさ。と勝手に奥手だと決め付けられた。
いやそこはどうでもいいし、彼女という定位置が安定してしまっている事をまずどことなく否定したい。


「…」


はあ…と分かりやすい溜め息をついた。
そしてすっと片足を踏み入れた瞬間、相手である姓がこちらへ顔を向けた。


「……」
「……」


お互い立ち止まる。何かを言おうとした。
だが、姓がすぐに視線を外して友達のあとを追っていってしまった。
話に笑いながら誤魔化す素振りは、今思えばどこかいつもと違うようにも見える。
ただその当時だけはなんとも思っていなかった。


「…あーあ」


嫌われちゃったみたいだね。と新羅が呑気に言う。
なんとも思っていなかったとはいえ、一応聞いてみる事にした。


「…最近、姓の様子が変だと思わないか」
「え?そんな事ないけど?」


むしろ君の方が先に気付くんじゃない?僕は常に居るわけじゃないし。


「…まあ、そう言うと思ったよ」
「昔から知ってる仲なら、例え口がなくても言葉は通じるってもんさ!」


僕だって愛しい人の機嫌くらい察するしね。


「……」


今まで何も無かったかのように。無へ戻る為に。
あの時からだ。あの泣いてた夕方。いやそれよりも前から?
気付いてたんだ。ちゃんと気付いてたのに、その警笛が日常という靄におおわれ、のちに闇雲へと変化した。
言葉が通じなくても、音が聴こえていても。目に見えない何かを透視する事なんて、それこそ都市伝説でしかない。
そんな超人は人間じゃない。人間として、一個人として、人間のままの姿を愛したい。


「なあ新羅」


姓がその闇雲へと消えていく様を、暗闇から黙って見てろって言うのか。
足音しか反響しない場所が存在したとしたら、姓は自らそっちを選んだのか。
そもそも見えないのにどうやって見ろと。見えないなら追いかけて片手を掴む事も出来ないじゃないか。
名前を呼んだだけで一旦立ち止まったとしても、見えないんじゃどれ程距離があいてるのかなんて分からないじゃないか。


「ん?」
「闇の中で光を照らすとしたら、方法はたくさんある」


そうだろ。と顔を向かせる。


「そうだね。色々あると思うよ」


折原くんの言う闇と光がどういう意味なのかは分からないけど、少なくとも僕の光は愛してる人の事かな。
そう返した新羅はいつものようににこっとした表情だ。


「だろうと思ったよ」
「ま、折原くんが光をまだ探してる途中って言うなら、僕は力を貸すよ」


数少ない友達だからね。君がそんな人でも、僕は見捨てたりはしないさ。


「一言多い気がするんだけど」
「気の所為気の所為!」


ほら、あれだよ。姓と仲直りしたいなら僕が仲介するし!


「間に入られると余計ややこしくなるだろ」


それに俺はこの事だけを言ったんじゃない。
と言って、クラスへ戻ろうと足を進めだした。


「じゃあこの先なんかあるって言うの?」


ついてくる新羅はなんとも思っていないような声色した。


「保険をかけたまでだよ」


なんかあったとしたら、新羅になんか頼んでも今日のこれが証拠になる。


「言い訳なんて出来ないんじゃないかって言えるだろ」
「全く策略家だね、相変わらず」


誉め言葉として受け取っておくよ。
臨也はそう言って、屋上から下へと繋がる階段に1歩踏み入れる。


「…それにしても、目の前に居ても仲直りしないなんて」


付き合い方が折原くんらしいよね。
足音が響く中、そんな言葉も反響した。


「付き合い方に俺らしいも何もないだろ」


大体新羅だって人の事言えない立場だろ。


「まあ僕はそもそも喧嘩なんてしないけど」
「はぁ…」


恥ずかしそうにしている様子が安易に想像出来る…


「でもほっといたらすぐどっかに連れてかれちゃうかもよ?」
「はあ?」


ほら、女心は秋の空って言うし。
今日みたいに天気が良くても、夕立がくるかもよ。


「それを姓と重ねるのは間違ってると思わないのか?」
「んん〜…」


降りていくふたりの雑談が響き、徐々に小さくなっていった。
この日から次の週まで、ずっとこれだと思っていた。連れていかれるなんて、全く別の意味でだった。
あの時に謝っていたら何かが変わっていたのかなんてドラマみたいな話は信じたくない。
珍しいねなんて笑われて安堵して、また一緒に帰って…なんて。
人間の中の人間として、望んでいたのか…?




時刻は23時前。ある事務所ではコートをソファの肘掛に置いた様子が映る。


「あのグループは未だに裏で活動しているようですね」
「何か手掛かりは」


折原臨也は、あの電話のあと粟楠会と接触していた。


「情報屋でしたらそこら辺の噂話でも事実として即刻リークさせる腕はあるでしょうに」
「…まだ裏足を掬う程でもないですが」


数年前さきがけ商会が大規模改装した件をご存じですか。
今となっては古い情報ですが、入札履歴がまだ残っていましてね。


「ええ、私共も当時調べてはいましたよ」


あのテナントは倒れたと聞きましたが、本当はそうではなかったようで。


「そうです。入札案件なら人目につきはしても、世論はいずれ攻撃しなくなる」
「しなくなるが…という事ですね?」


はい。改装と謳って別事業部を設立していたんです。
逃げる為の簡単な方法として、そう考えていたんでしょう。


「元々の社長は今や会長になっています」


その会長が、子会社経営時期から海外大手と繋がっていました。
それも粟楠会の四木さんなら既にお分かりでしょう。


「ええ。何度か会った事もありますよ」
「へえ、そんな仲で?」


いや、そんな大したもんじゃないですよ。
こちらの商売としても少し荒らされていたもんですから、少々探る程度に。


「そうですか。あの会長がそこまでしているとは」
「白々しいですね。知っていたくせに今更そんな言い方とは」


いやいや、本当ですよ。まさかそちらの敷地内にまで片足を踏んでいたなんて。


「もう少し精進しますよ」
「努力は結構ですがねぇ情報屋の旦那」


あのグループに潜入した日の事はお忘れですか。
我々にとって裏を掴めたのはよしとしても、あの女性を助けろだなんて取引は…


「あなたにしては薄すぎやしませんかね」
「あの時は快く引き受けてくれたじゃないですか」


それに、あの子もこの件に十分関わっていますからね。
むしろ生きててもらわなきゃ尻尾を掴めなくなる。


「まさか、あの女性が鍵を握っているとでも?」
「そうですよ」


あの子の両親がさっき話した海外会社へ渡ってしまいましてね。
それを加功したのが、当時の子会社です。


「…なるほど、あの女性のご両親が」
「ええ。私はあの子と昔からの仲でして」


両親の事情も多少知ってはいたんですが。


「ほう?」
「ちなみに、子会社が倒れそうだったというのは事実です」


ですが、両親の勤め先である銀行がその子会社に融資をしまして。
立て直し期間だのなんだので、いざこざがあったんでしょう。


「銀行側が取り止めを決めた所為か、会長が怒号を飛ばしたようです」
「逆上の結末が人攫い、ですか…」


今じゃ珍しい話でもないんですがねぇ…


「ええ。もうそれ程驚かれる事案でもなくなってきてます」


元々会長は海外大手との繋がりで、秘密裏に行われていた事業についても把握していたときた。
これも一般人が聞いたらなんの驚きもなしにたぶらかすんでしょうねえ。


「…それで、これからどうするおつもりで」
「助けていただいた女性、あの子は今記憶喪失で両親の事実を知らないんですよ」


自分でさえ思い出せない状態です。


「ほう?何故そんな事が?」
「今現在、あの両グループ内で派閥が起きているようです」


そのふたつにそれぞれ居座っている兄妹が何らかの形で子会社側と接触し、海外大手が所有していた薬を入手したんです。


「ここ最近の話ですけどね」
「その薬で、あの女性の記憶が消されたと?」


そうです。両親や裏事業の事実から遠ざける為に。
元は裏処理としてまわされるはずだったのが、不幸中の幸いで記憶障害で済んだと聞いています。


「聞いているとは、誰からの情報ですかね」
「風の噂ですよ」


ただ既知の事実として。


「そちらに回っていた金銭のやり取りも、いずれあっち側に持っていかれるとの噂も」
「…ええ。どこの奴さんかとは思っていましたが、中々掴みどころがなかったんでねぇ」


下手に動こうもんなら…手段は選ばない。


「そう思っていたところでしたよ」
「まあこの件の全貌はこんなところです」


どうです?お互い向かう場所は同じですからね。


「手を組む、という事ですか」
「結論を言うとそうですね」


目の前の四木は両膝に肘を預け、両手の指を交差している。
んん…と息を吐きながら考えているような表情。
そして、座っているこの構えからしても重圧を感じるが、臨也にとってはなんの取り乱す事もない。


「手を組むって言っても旦那、今までとなんら変わりはないと思いますがねぇ」
「言われてみればそうかもしれませんね」


ただ今まで通りとは少し違うと思いませんか?


「…というと?」
「んん…聞き返されるとまた困りますね」


とりあえず、あなた方とは協定関係という事で続けていられたらと思いますよ。


「…ま、我々にとってマイナスになるような行動がない限り…」


微力ながらお力添えさせていただく所存ですよ。


「…また、言葉遣いがうまいですね」
「それ程でもないですよ」


情報屋のあなたが直々においでになったのなら、のまない話はないでしょう。


「結果論ですがね」
「あっはは、まあお互い商売でもありますからね」


臨也は半笑いでおもむろにソファから腰を上げた。
掛けていたコートを片手ですっと掬い上げ、片腕に抱える。


「…ではまた後日、私の方からご連絡差し上げます」
「ええ。お待ちしておりますよ」


四木はそのまま体勢で顔を臨也の後ろ姿へと向かせる。
いつもの通りに歩いていくその姿に、ああもうひとつ。と声をかけた。


「なんです?」
「あの時は深くつっこみませんでしたが…」


その女性とは、本当はどういう関係で?


「…」


困りますねえ四木さん。こんな話をしたあとに早速情報屋の内部を探ろうとするなんて。
…と立ち止まり、薄い笑みで振り向く。


「いやはや、商売柄気になりましてね」


特に深い意味はありませんよ。言いたくないのならそれもセオリーってもんです。


「いえ、いいですよ。四木さんには隠し立て出来ませんからね」
「またご冗談を」


あははとお互い薄く笑う。
心の中では何かが渦巻いていて、それはそれはまた黒いもので。


「ただの友人ですよ」
「…へえ」


…そうですか。



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