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「…結局、全部話ちゃってるじゃない」


あんだけ知っちゃだめだって言っておきながら自分でバラすなんて意味が分からないわ。


「こればっかしは俺も自分を責めるしかないね」


翌日の朝日。
それぞれがデスクへと向かい、窓からの日差しを受けつつ頬杖をついたり事務作業をしていたり。


「まあ気持ちは分からないでもないけど」


昔から知ってる相手なら、早く思い出してほしいっていうのが心理ってものじゃないの。
そこら辺の知識は私よりあるはずでしょ。


「心理学だのなんだのって」
「俺だって自分で驚いてたよ」


黙っておこうかと思ってたのに、気付いたら口が勝手に。
…と、薄く笑みを浮かべる。


「…それで?どうだったわけ?」
「ん?何が?」


何がって、向こうの反応よ。
波江は目先のテーブルを見つめている。椅子に座り、書類を整理している。


「ああ、案の定信じてないような感じだったけど」


最後は大方信じてくれたかな。


「…そう」
「なんか不満そうだね」


別に不満なんかじゃないわ。
記憶がなくてもあなたを嫌うって事がなかったのが残念だっただけよ。


「それは不満とは言わないのかな?」
「全くの別物よ」


波江がその一言で終わらそうとした時、臨也は そういえば…と話を続けた。


「やっぱり俺の勘は正しかったよ」


は?何が?と返すと、姓が求めてるものについてだよ。と返ってきた。


「結構前から気付いてはいたんだけどね」


日常や非日常ではない。生や死でもない。
全ての始まり。人類が最初にして最後に辿り着く、全ての無。


「姓はそんな曖昧で不確かな無形を愛してるんだよ」


無になりたいと思っているのさ。


「…それは死と同じじゃないかしら」
「違うんだよ。それは死の先にあるんだ」


そう言われ、はあ?と返すしかなかった。


「単に死後の世界って事でしょ」
「いやいや、そんな単純なものじゃないらしいよ」


らしいって何よ。まさか聞いたの?と波江は顔を上げる。
ああ、聞いてはないよ。と返した臨也の表情は薄い逆光であまり見えなかった。


「確かめたい事って言っただろ?この事だよ」


でも当の本人は全くの無自覚だったしね。
それどころじゃないって感じだったし。


「…ま、本人からすれば死と無は全くの別物なのさ」


死にたいだなんて1回も思った事はない。でも、確かに死の先に在るものを見つめている。


「…理解出来ないわ」


なんの形もないのに、それを愛してるだなんて。
大体矛盾してるじゃない。


「妄想にも程があるわ」
「しゃべりもしない首に惚れたのは妄想のおかげじゃないのかな?」


笑みに満ちたその発言にイラッと眉間を寄せた波江は、誠二の事は2度といじらないで。と強めに言った。
すると臨也は、おー怖い怖い。とまた笑う。


「っはぁ…その子も相当だけど、あなたはそれ以上ね」
「今に知った事じゃないだろ?」


自分で気付いてるのもおかしいわ。
波江はそう言って再び溜め息をついた。視線を書類へと落とし、字を追っていく。


「まあね。だって考えてもみてよ」


記憶がなくなった事をその無と結び付けてるなんて、理屈的な人だったら説明出来ないんじゃないかな?


「理屈云々の問題じゃないでしょ…」
「例えばだよ」


それにしても、姓を庇ってもらってる最中にアンフィスバエナにわざと捕まった日は楽しかったよ。
個人的な護衛も連れてきてたから事は簡単に終わったけど。
いやあ〜奈倉くんの事をオーナーオーナーって崇拝してた様は滑稽だった。


「そのあとヘヴンスレイブも介入してさ」
「…ヘヴンスレイブって意外と閉鎖的だと思ってたけど、そうじゃないのね」


視線を合わせずにそう返す。
臨也は、上と中々馬が合わない奴が居たらしいからね。と言って窓の外へ顔を向けた。


「黙って別組織と手を組んだり、色々さ」
「へえ…」


それを代表するメンバーの妹が、アンフィスバエナに居たんだ。
兄妹ふたりして違法グループに居座ってるなんて、親の顔が見てみたいくらいだよねえ。


「……」


波江は心の中で、それブーメランな気がするけど。と思った。
だが口にはしない。揚げ足を取られるからだ。


「…っていうか、大体どっちなのよ」
「どっちって何が?」


それ自体をおもしろがってるのか、それともその子が抱えてる事だからなのかって事よ。


「両方じゃないかな」
「っへえ…」


波江が小馬鹿にした笑いを混ぜた声を出すと、臨也は波江へ顔を向けた。
雨雲が太陽を隠し、景色が少し灰色のベールに包まれていく。


「俺も昔の事を思い出してね」


両親を探してたってのに、ある日突然諦めたんだ。


「姓が?」
「そう」


本っ当突然でね。あの話の続きでもある。


「その日の数日前から様子が変だった」
「ふーん」


俺の事含め過去全てを思い出して、いろんな事に嫌気が差したのか知らないけど。
その頃から無に対しての意識が強くなった。聞き返しても上の空だったし、何かに操られてるんじゃないかって感じでね。


「分かりやすく言えば、罪歌の子みたいなもんだよ」
「…いい例えね」


いいえ、例えってよりむしろ罪歌に乗っ取られてたんじゃないの。


「…ところが、罪歌はまだ随分と抑え込まれてた時期だ」


姓は自分の意思で、その頃から本格的に望んでた。


「そのわりには俺の事を帰る場所だなんて思ってたみたいだけど」


そんな事言われるなんて、正直こっちは思ってもいなかったけどね。
でも心境はもうわけの分からない事になってたんだよ。
元々なんにもない無に対して形が欲しくなっても、それをどう造り出すのか分からない。


「じゃあ、自分が空っぽになってみればいい」
「…なるほど」


死を望んでるっていうより無になりたいっていうのは、この世の中から逃げたかったからってわけね。


「まあストレートに言えばそれもあるだろうね」
「私にはそうとしか言いようがないわ」




…記憶を失くした彼女はこう思う。
これこそわたしが求めていた形なのではないのかと。
心の奥底で疼くそれは、かつての願望だったのではないか…?と。


「…少しいじめすぎちゃったかな?」
「……」


昨日の場面を思い出す。
好き勝手にぽんぽんと出てくる言葉で、隣の姓は口を閉ざしていた。
帰り際だった。もうそろそろ時間だというところで、再び話が流れていたのだ。


「嫌なら言ってくれて構わないよ」


俺は真実を言ってるまでだし、聞きたくないならもう言わないさ。


「君は怒りっぽいからね」
「…折原さんがわたしの事を知っているのは、もう分かりました」


信じます。少しだけ覚えてるところも、大方合ってました。


「おや?残ってる部分はあるんだ?」
「ま、まあ…」


それでもひとつかふたつくらいです。
何に対して言ってるのか、相手が誰なのかは分からないですけど。


「でも…覚えてないっていうのは嘘です。すみません」
「謝る事はないよ」


先週連絡していたとはいえ、こんなところに来たならそれくらい隠したくなるのは普通だよ。


「いずれ思い出すんじゃないかな」
「…そうですかね」


俺が言った言葉も全て真実だったって身に染みて分かるよ。
自分がこうなっても、そこに辿り着いた俺がどういう気分だったのかとかさ。
それに対してどんな意味が含まれてたのか、今は分からなくても記憶が戻った瞬間に思い知らされる。


「あっはは、もしかしたら君は泣いちゃうかもね」
「まさかそんなはずは」


あるかもしれないだろ?意外なとこで泣く時あったからね、昔は。


「…わたしが泣いてるとこも見た事あるんですか」
「あるよ」


1番最後だったのは君の様子が変わり始めた頃だ。
その時はさすがに驚いたよ。そこまでの雰囲気でもなかったのに突然泣いてんだから。


「……」
「…だから、そういう重い空気にしたいわけじゃないんだけど?」


黙っていた所為で少し笑って誤魔化された。
馬鹿にしているというより、ただ昔話をしたいだけのような声色だった。


「…それっていつの事ですか」
「高1じゃないかな」


君が失踪したのは翌年だからね。それが最後だったよ。


「いろんな意味で」
「い、いろんな意味って…?」


少しだけ眉間を寄せて聞き返した。だがすぐに答えは返ってこなかった。
どこにあるのか分からない時計の針が規則正しく動いている音だけ聞こえる。
車や自転車の音が聞こえないのは、ここがビルの上階だからだ。


「…それもじきに分かるよ」
「……」


さ、そろそろ帰った方がいい。
…と、臨也は隣の沈黙を破り、膝に両手をやっておもむろに立ち上がった。


「暗くなればどうせまた追っ手が狙ってくるだろうからね」
「…分かりました」


すっと立ち上がる返事を聞き、両手をポケットに入れつつ暗くなり始めた窓へと顔を向かせる。
正面に建っている建物。そのカーテンウォールに反射した夕日がオレンジ色に散光し、目を細めた。


「…一応護衛がてらふたり付けるよ」
「え?」


今頃近場に居るだろうからね。
などと、聞き返しを無視した臨也は視線の先の窓へすっと足を進め出した。


「……」


黙ったまま、突っ立ったまま、その後ろ姿を見つめるしか出来なかった。
…この人はわたしを知っている。わたしは、この人を知っている…?
信じるとは言っても、未だに不確か過ぎて信頼は出来ない。
信用はしても信頼はしないなんて、便利な言葉だ。


「…」
「…」


臨也はパソコンの隣に放置していたスマホを手に取り、何度か触れたあと片耳に構えた。
垣間見えた横顔はそのままそばにある窓の景色へと向き、眺めながら応答を待っている。


「……なんだ、今日は出るのが遅いじゃないか」


軽いような、でもそうでもないような。
よく分からないが親しい仲のような声色だ。


「……」
「どうせ暇だろ。そこからなら5分もしないうちに来れると思うけど」


ひとつ仕事を受けてもらいたくてね。
この前助けてやったんだからこのくらいお前達なら朝飯前ってやつだろ。


「…」


…今気の所為だったらあれだけど…夕飯前の間違いじゃないのって叫び声みたいなの聞こえたような…
と、聞こうとしなくても聞こえてきた声量に対して若干苦笑してしまった。
結構大きめだった所為か、臨也はその時スマホを耳から若干離したというのもある。


「どっちでもいいけど、これでちゃらにしてやるからさ」
「……」


それを手引きしたのは俺だって言っただろ。大体それでもいいってその時言ってたはずだけど。
そう言った声色はどことなく呆れているようなものだった。色々と文句を言われているのだろうか。


「あーはいはい分かったよ」


下でひとり待ってるから、その子の事頼んだよ。
…だから、途中まで一緒に帰ればいいだけだよ。簡単だろ。


「…っはぁ…怪しい奴居たってお前達なら問題ないだろ…」
「……」


問題ないってどういう意味だっ?と思った。
ていうか、その電話相手は一体…


「はいはい、じゃあね」
「……」


途中で勝手に切ったのか、微かに聞こえた相手の声がブツッと途切れた。
かわいらしい声にも聞こえたが…と思った時、男は振り返った。


「あーごめん、俺の妹だよ」
「えっ、妹っ?」


そうだよ。双子の妹。
どっかネジ外れてるけど、護衛なら十分だと思うよ。


「でもまあ…」


視線を落とし、スマホを置く。


「近くに居るからって使うのはちょっと間違いだったかな」
「ど、どういう…」


ああ気にしないで。見返りだのなんだのあとから言われそうで嫌だってだけ。


「は、はあ…」
「とりあえず、下で待っててよ」


そのうち来るから一緒に帰るといい。


「…わ、分かりました」


小さく頭を下げた。
この男がした行動をそのまま受け入れて、双子の妹やらについてきてもらう方が安全ではあるのかと思った。
…いや、妹だとしたら自分より年下なのでは?その年下が護衛って…何かあったら逆に危ないのでは?


「…」
「…」


まあいいか。という心の中の一言で完結し、背を向けて室内を歩く。


「…じゃ、またそのうち連絡するよ、姓」
「え…は、はあ…」


振り返りつつ室内を出ていった。
気楽な言い方だった男の表情は少し微笑んでいた。




曇天が先程よりも濃く、そしてぶ厚くなってきている。
一切光が漏れない程暗く、今にも降りだしそうな雰囲気がある。


「…小中学生時代は適当に過ごしてても、高校にもなればほとんどの場合簡単には崩れないからね」


姓がそうと決めたのならその芯はまだ折れちゃいない。
自覚がないってだけで、奥底には確実に存在してる。


「俺はそれを間近で見てみたいんだよ」


この先姓がどっちを選ぶのか気になる。


「…それより、妹達はその子をちゃんと送る事が出来たの?」
「ああ、連絡来たから大丈夫だよ」


いつもの調子ではっちゃけて終わりさ。
多分俺の事も少しは吹き込んだだろうけど、今更それは関係ないしね。


「…妹達を使ってその子の身の回りを監視するのもひとつの手だと思うけど?」
「それもそうなんだけどさ」


あいつらが姓に懐いたら、いい具合に邪魔になりそうでね。
やたらむやみにやってると介入してくるだろうから。


「その子の気晴らしにもなっていいんじゃないの」


記憶がないんじゃ他人と同じよ。
毎回あなたみたいな人に付き合ってるのも疲れてくると思うわ。


「今はそう言われても仕方がないさ」
「この先も同じよ…」


ボソッと呟いてはみたが、臨也は気にしなかった。
いや、気にしないようにしたのだろうか。それは自分でも解らない。


「…そろそろ四木さんから連絡が入りそうだけど」
「……」


椅子に座って天井へ視線を上げつつ、両手は頭のうしろへ組んでいた。
その体勢のまま視線をチラッと横へ流し、スマホの真っ暗な画面を見つめる。
すると、その瞬間に画面が映った。


「やっぱりね」


そう言って手に取りつつ画面に指を滑らせ、椅子から腰を上げる。
通話へと切り替わった画面から正面へと視線を変え、適当に歩を進めだした。


「…」


波江はそれを見つめてはいないが、視界に入れていた。


「そろそろかかってくると思ってましたよ」


…いつか記憶が戻った時、無になりたいって願望ははたして差異があるのかどうか。
もしそのあとに俺を拒絶する事があったとしたら、その時俺は傷付くのかどうか。
思い知ったか。と自分に言い聞かせる時が来るのだろうか、と。


「ええ、時間なら合わせます」


男は何度も思う。
これは何に対しての愛情表現なのだろうか、と。



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