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「#エロ」のBL小説を読む
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「…ようこそ」
「……」


しんと静まった室内に、そっと響いた声。
硝子越しの街並みから振り返った視線は、何歩か歩み寄ったあと立ち止まったひとりの女性を見つめる。
それも…薄く浮かべた微笑みで。


「時間通りって事は、道にも迷わなかったみたいだね」


どう?君から見た新宿は。
そう聞いても相手は無言だった。


「さ、その辺に適当にかけて」
「……」


女性は黙ったまますっと足を動かし、L字のソファへ視線を移した。
硝子テーブルの前で座り、天井が微かに反射しているのをぼやっと見つめる。


「…それにしても、君の人生も波瀾万丈だよねえ」
「……」


まるで神に弄ばれてるピエロだ。もしくは、選ばれた駒かな。


「……」
「どちらにせよ神に選ばれたのなら、この東京という地で踊らなければならない」


そんな発言に、初対面の人に向かって偉そうな態度だな…と女性は思った。


「すみません、全く意味が分かりません」
「だろうね。理解出来ないのは正解だよ」


君にはその自覚がないんだからね。


「…そもそもわたしになんの用なんですか」


呼ばれた理由が分かりません。…と、目を合わせずに言う。


「…いくつか聞きたい事があってね」
「聞きたい事…?」


そう。君はある会社の社宅で暮らしてるらしいけど…


「その会社の事ちゃんと調べたわけ?」
「待ってください。なんで知ってるんですか」


ああ先に言っとくけど、ストーカーじゃないから。
情報屋として特定出来たってだけだから。


「そこは安心していいよ」
「全然安心出来ません。赤の他人に対して特定なんて簡単にしていい事じゃないです」


赤の他人という言葉が気にもなったが、一応抑え込んだ。


「そう言うけどさ、これが本業だし。しかも事後だし」


大体安心出来ない事ってまだ他にも山程あると思わない?


「……」


話の機転をこっちに逸らされた…と思った。


「にしても…本っ当危ないとこに入ったもんだねえ」
「…働かないといけないので」


だからってなんでそこなの?
笑ったその聞き返しに何も言えなかった。
何故なのかなんて、そこまでちゃんとした理由はない。むしろ流れに乗っただけの事であって。


「ただ誘われたからって、すぐに行くもんじゃないよ」
「…っ」


…まさか、その過程ですら知っているのか…?


「…まあひとりで色々とやってきたんだし、君にとっては大した事じゃないんだろうね」
「は…?」


でも気を付けた方がいいよ。
ほとんどの裏情報や噂は、その会社が芯になってる。


「どういう…?」
「裏では生々しい取引がされてるって事だよ」


生々しい…?と聞くと、今は聞かない方がいい。なんて今度はそう言われた。


「表向きはちゃんとしてるし、事情を知らない間にいくらか稼いだらいい」


それもひとつの手段だからね。でも一応辞め時だけは考えておいた方がいいよ。


「知るのはそのあとでも十分かな」
「…」


それに、その方がよっぽど身の為だしね。


「あの…あなたはわたしの何を」
「それで…」


言葉を被せられ、君はどうするつもり?と聞かれた。
すっと動いた逆光の影は、目先の椅子へ腰をかけた。
背を預け、左右の両肘をひっかけては顔を横へ向ける。


「…どうするって、何を…」


何故わたしはここに居るのだろう、という疑問。どんな経緯があってここに辿り着いたのだろう、という不安。
知らない番号からの着信になんの疑心もなくでた所為で、こうなった。
ちょうど仕事の休憩時間だった。その時間帯を狙ったように鳴った携帯。それは先週の事だった。


「君の場合…まずは何かを待っている状況から脱した方がいい」
「はい?」


本当に望んでいるのなら、周囲が変わるのをただ待っているより自分が変わった方が早いと思うけどね。
…と、片手で軽く手振りをしながら得意げに言った。
黒い革製の椅子を足でくるっと回し、ソファに座っている人物の横顔を薄い笑みで見つめる。


「案外その方が楽な場合もある」
「……」


…とても不穏だ。


「しかも、君は昔から物事を楽観的に考え過ぎる節があるからね」
「…は?」


そんな君にとっては物足りないように感じる。それも無理はないよ。


「…昔からって…わたしの事を知ってるような言い方ですね」


顔を向けた。
すると簡単に目が合ってしまった。


「もちろん、そりゃあ知ってるよ。随分前からね」
「……」


さっきから何を言っているのだろうか。
昔から知っているだなんて、でたらめにも程がある。


「…君は今、どうせ俺の事を不審がってるんだろうけど…お門違いだよ」


君の幼少期、拉致事件、過去、全て知ってる。


「俺は、目の前で見てきたんだから…さっ」


語尾を弾ませて、肘掛に置いていた両手で軽く跳ねるように椅子から腰を上げた。
その余韻で椅子はくるくると回っては、ゆっくりと止まった。
数台のパソコンが置かれているカウンターの横を通り過ぎ、両手をポケットに入れる。
視線は黙ったままの相手から逸れず、そのまま歩み寄っていく。


「ところで…」


そう言いながら、相手の隣へと腰を下ろす。
両手はポケットに入れたまま、そして片足を上げて片方の膝に引っ掛ける。
スマートな雰囲気がまるで真逆のように感じるのは何故だ。


「アンフィスバエナって知ってる?」
「……」


そのグループは闇カジノを仕切ってる。
君は1度、そこのオーナーと会った事があるんだよ。


「わたしはそんな犯罪組織になんて関わった事はありません」
「そうじゃなくてさ」


いつだったか思い出してみてよ。
突然誰かも分からない男に声かけられたんじゃない?ちょうど君の職場の、従業員入口前。


「…っ」
「あっただろ?」


…その日、いつもの通りに仕事を終えて家路につくところだった。
一方通行の道路は毎日路駐もされず、静かだった。


「…」
「…」


その日だけは違った。黒いバンが停まっていた。
何も知らずに背を向け、歩きだした時には後方からドアを閉める音がひとつ聞こえた。
振り向こうか。足を止めて今見てみようか。いや大丈夫だ。何かの犯罪に巻き込まれるなんて、考え過ぎだ。
黙って歩を進めた時、突然声をかけられた。それはそのバンの運転手かもしれない。そう思って、意を決して返事をしたんだった。


「…はい」
「あの、道…教えてもらえませんか」


呆気にとられて、はっ?と返してしまった。
その時視界に入っていたのは、相手の申し訳なさそうな佇まいとその後方。
バンの隣で突っ立ったままのスーツ姿がこちらを苦い顔で見つめていた。
この相手はどこから現れたのだろうか。そんな姿など一切見当たらなかったというのに…と思いながら…


「…どこに行きたいんですか?」
「ああ、ここなんですけど」


スマホの画面を見せられた。
この相手も男性だ。フードにファーのついた黒いアウターを着ていた。
茶髪でそれらしい男性が、何故ここで道に迷っていたのだろうか。


「ここなら…えーっと」
「出来れば途中まで案内してもらえたら嬉しんですけど…」


俺最近来たばっかで全然分かんなくて。
スマホ片手に、もう片方の手は後頭部にあてて、あははと恥ずかしがっている。
気遣いとして何気に同じ顔して笑い返しつつ、後方をチラッと盗み見る。
スーツ姿の人物は何やら舌打ちをして、諦めたかのように車のドアをそそくさと開けた。


「……」
「いや〜どの改札口なのかとか全く分からないんすよ〜」


この表情とこの言い方。そしてあの黒いバンの運転席。
…全く違うように見える。


「……」


これは完全に無関係なのか…?偶然が突然重なっただけか。
少し…賭けてみようか…?


「途中まででいいんで。なんとかお願いします!」
「え、あ…ああ、いいですよ」


まあこういう日もある。それで、これが最後かもしれないってなっても別にいいか。
簡単に考えていた。不審がるところは不審がっても、この男性がバンに乗っている人物の仲間ではないような気がした。


「ありがとうございます!じゃあ…行きますか」


男性はやんわりと微笑みつつ、行き先へ指をさしながら歩き始めた。
だが、画面に映っていた場所はその方向ではない。


「えっ…あの、こっちです…」


あ、ああ…そっちすか…ははは… と笑うが、これが嘘のようには見えない。演技だったら相当だ。
ふたりは隣に並んで今度こそ歩き始めた。バンの隣を通り過ぎていく時は中が見えなかった。
隣の男性がちょうど被ってしまったからだ。


「…いつから東京に?」
「先週っすよ」


質問にもすらっと答える。
この男性の名は、奈倉。


「転勤かなんかですか?」
「まあそんなとこすね」


…つか、用事あったかもしんないのに無理に付き合わせてしまったみたいで…


「時間なかったらほんと、いいんで。はい」
「いや、別にいいですよ」


さっきはお願いしますなんて言ったくせに…と思った。
だがまあ、これが日本人というものだ。



目的の場所へ着いた時も気遣い満載だった。
同じくらいの歳に見えるこの男性だが、格好からじゃあまり想像が出来ないのも事実。


「ありがとうございます。助かりました」
「いえ…じゃ、じゃあわたしはこれで」


今度こそ帰ろう。しかも早めに。そう思いながら片足を向けた時。
あの… と引き止められた。


「極力…人通り多いとこ行った方がいいすよ」
「え?」


最近いいニュース聞かないじゃないすか。
いつもかもしんないすけど。


「あ、ああ…まあ…」
「しかもさっきの黒い車。あれ気付いてました?」


えっ… と返しつつ、この人も同じ事を… と思った。


「なんか怪しいって思ったの俺だけすかね」
「まあ…なんかやな感じだなとは思いましたけど…」


気を付けてください。俺が言うのもなんですけど…
男性はそう笑いながら言って、小さく片手を上げては歩いていった。


「……」


何故わざわざそこまで注意喚起したのか。
…むしろ事前に言われていたのだ。
この男性は、別の人物に念を押されていた。


「じゃあ奈倉くん」


俺は別のとこで見てるから、ちゃんと誘導してね。…と。
これでもし失敗なんてしたら、これから先の事も全て台無しだからね。という事も。


「……」


スマホを見つめながら歩いていく男性の後ろ姿をまだ見ていた。
東京ならどんな人が居てもおかしくない。中にはあの人のような、本当に困っている人間も居るのだ。




「…思い出した?」
「……」


…ここまでのくだりをしっかりと思い出した。目の前の映像がゆっくりと現実へ戻っていく感覚。
この室内の雰囲気と、隣に座っている男の気配。


「命拾いしたね」


あのまま車に連れ込まれてたら今頃どうなってたか分からないよ。
その発言に、疑問ばかりが浮かぶ。


「…どういう事ですか」
「何が?」


俺は奈倉くんを使って君を助けた。それだけだよ。


「奈倉って誰ですか」
「君が思い出した人物だよ」


結構演技がうまかったよね。大した技術もないくせに。


「あの人と知り合いなんですか」
「知り合いってレベルじゃないだろうね」


ま、結局今こうしてここに来てるんだから、大体のすじは読めてきただろ?
と言うこの男の視線は斜め上へ向いた。空を仰ぐように背もたれへ十分に体重を預けている。


「…あの、そのオーナーの事を知っているならあなたも…」
「いいとこに目をつけるね」


でも違うよ。俺は賭博グループの仲間なんかじゃない。


「って言っても、敵でもない」
「……」


アンフィスバエナってグループともうひとつ、ヘヴンスレイブって麻薬密売やってるグループがあってね。


「ヘヴンスレイブのメンバーが君を狙っている組織と関わっていたんだよ」
「…わ、わたしを狙ってる…?」


ねえ、本当に自覚ないの?と笑われた。
まあ確かに、さっき思い出した映像でもそうだったし、まだその前にも同じような出来事は都度あった。
そうだ。そうだった。あれは信じられない光景だった。


「定期的に君を攫おうとするもんだから、俺だってその気だったよ」


意図的に助けられてるって、君はじきに気付くだろうとは思ってたけど全くそうも見えないし。
こっちは裏で手を引くのも疲れるくらいだったよ。


「…じゃ、じゃあ毎回うまい具合に引き止められたりとか色々…あれはあなたが仕組んでたんですか」
「そうだよ。1番酷かったのは粟楠会に仲介してもらった時かな」


あわくすかい?と質問したと同時に、その信じられない光景というものがそれだと気付いた。


「粟楠会もちょうどふたつのグループを探っていたからね」


俺みたいな奴が、助けたい女性が居る。なんて言ったらすぐ珍しがってね。
でもヤクザなんて一言で言っても、ああいう人達は人情に強い。


「俺も粟楠会も損得はあったし、探りをいれる代わりに君を護衛してもらったんだよ」
「そ、そんな事が…」


おや?もう信じきってる?
顔を横へ向けて、見つめられた。そんな表情が横目に微かに映っている。


「っていうか、信じるとかどうより事実を言ってるまでだから」
「……」


あの時の映像は子供の殴り合いや喧嘩ではない。大人の殺し合いのような悲惨さだった。
大人が本気で武力をぶつけるとこうなるんだ、と思い知った瞬間でもあった。
こんな人達が何故わたしの事を助けるのか?何故この相手らはわたしを狙おうとしていたのか?
そんな疑問は、今こういう話をしている時点でもう今更だ。


「…ねえ君ってさ」


自分の名前も思い出せないままなの?


「はっ?」


唐突な質問だ。
少し気を抜いていた所為か、顔を向かせて見つめてしまった。


「君がこうなる前も俺は調べてたんだけどさ」


直接君の言葉で聞きたいと思ってね。


「…それが本題ですか」
「まあ、そうとも言うかな」


何を話せばいいんですか。と聞いた。
この長い前振りは確実に関係しているだろうが、こうなる前という事はわたしの過去を聞き出したいのだろうか。


「最後に覚えてるのってどの辺り?」
「え?」


ほら、高校の時とかそのあととか。その前でもいいけど。
1番最後ってどこの事覚えてる?


「…覚えてません」
「そんな難しく考える必要なんてないよ」


記憶を失う前の事を教えてほしいだけ。


「…記憶喪失?わたしが?」
「そんなしらけた言い方しないでも、俺はもう最初から知ってたよ」


高2の秋に突然失踪したのも覚えてない?


「いえ、わたしは失踪なんて」
「そう。じゃあ故意にそうしたわけじゃなかったって事だし…」


その日はいつも通りだったってわけだ。


「…あの、もう1度聞きます」
「んー?」


あなたは一体わたしの何を知りたいんですか。


「……」


男は黙った。そして視線を伏せて、少しだけ笑みを浮かべて。


「…あのさ、さっきも言ったけど…」


俺は君の事を知ってる。記憶喪失でも俺が覚えてる限り無にはならない。
あの時何があって失踪したのか未だに分からないから聞いてるんだよ。


「失踪したのに今の会社で普通に働いてるしねえ」
「まあ、はい」


そこに辿り着くまでの過程が空白の時間として置かれたままだった。
攫われたとは言っても、それを誰が仕切って誰が関与したのかを証明出来ない程度の情報だ。


「皆目見当もつかないんじゃ手を上げるしかない」
「……」


でもそれじゃ俺の仕事にも支障をきたすからね。
だからこうやって、情報を集めようとしてるわけ。


「……」
「……」


白紙とは言ってもおおよそはってだけで、何も全てとは言っていない。
高校を卒業して粟楠会とよく取引をしだした頃に出てきた話は、やはりあのふたつのグループだったわけで。
ヘヴンスレイブのメンバーが組織に言われたのは、海外から密輸入した薬を保管しておいてほしいという事だった。
裏組織、そして日が照っている時間帯ではしっかりとした業務を。そんな会社がもしもの事を考えてそうしたはずだと。
ヘヴンスレイブのあるメンバーはこちらのルートで直々に用意してやってもいいという回答だった。
しかし今回保管してほしいブツはそんなやわなものではなかったらしい。通常よりも遥かにぶっとんだものだと言っていたようだ。


「職場の事、誰に誘われたか覚えてる?」
「…あまりよくは…」


眼鏡をかけた女性だったって事くらいしか覚えてません。


「……」


パッと思い浮かべられるのは、鯨木かさね。その1択だった。
これなら姓の件がほとんど片付いてしまうのではと思ってしまう程。
だが失踪理由は海外に渡った両親の証拠隠滅が目的。同じように処理する名目で鯨木かさねへ流れたとしたら。


「……」


点と点が繋がりそうで繋がらない。
この間にはまだ何かが阻んでいそうで、だがそうでもない。


「もうひとつ聞いていいかな」


さっきちょっと言ってみたんだけど、君は無反応だったから。


「…なんですか」
「人間の死ってどこか分かる?」


その質問に、突然なんですか?と聞き返した。少しイラついたような声色になってしまったのは不覚。
こんなの今までの内容と全くかけ離れている。この男は一体何を考えているのだろうか。


「これは例えばの話だけど」


安楽死や尊厳死。それらを肯定する事は差別だと思う?


「だから、一体なんの話ですか急に」
「尊厳死っていうのは自然死とか平穏死とも呼ばれてる」


ひとりの人間として、最期を待つのさ。


「このふたつの違いが君に分かる?」
「……」


黙っているが、女性の様子はあまり変わらなかった。


「…ま、分からなくて当然だよね。その先を見てる君には」
「ど、どういう…」


自由な決定権を持つべきじゃないかな。などと、女性の聞き返しを無視した。
いつものような言い回しをするが、正直真正面から聞きたいというのもありつつ。
…姓のあの、時々見せていた喪失感はそれに繋がっていたのではと思い続けていた。


「正直言わせてもらうと、延命を強制してくる人間のほとんどは人生がうまくいってる人達だからね」
「……」


死にたいなんて思ってる本人からすれば、ただの押し売りのように聞こえてくる。
そうと決めた人達は、他人の気楽な励ましなんて何ひとつ響かないんだよ。


「まあ俺個人として言える事は…」


成功してる人生を見せびらかす人間も、どん底の人生を送ってる人間も、平等なんだよね。
それが幸せだろうがつらかろうが関係ない。その中でどう選択するのかが気になる。


「愛すなら、平等にね」
「…はい?」


全くもって理解が出来ない。この人はなんの話をしているんだ。
そう思っていると、男は あ…と言って話を続ける。


「人間を愛してるなら、すぐに死のうとする辺りを止めるべきなんじゃないのか?」


…そう思ってそうだね。と言って隣へ少し顔を向ける。


「さっきも言ったけど、平等であり自由なんだ」


自殺行為への直接的な助長はしない。


「そこからは本人が決める事だからね」
「…自殺するって知ってるのに見てるだけなら、それは犯罪に成り得るんじゃないですかね」


なんて聞いてみる。
すると、そうならないような方法も実際存在してるんだよ。と返された。


「俺はそれ自体の話をしたいんじゃないんだよ」
「…じゃあ、遠回しに聞こうとするのはもうやめてください」


せっかくの休日が台無しです。
…と、初対面の人に向かって言ってしまった。


「台無しねえ…そうでもないと思うけど」
「…?」


今のこの話は君に繋がる事でもある。
その中のひとつはまた今度にしておくけど、今日は確実に知ってもらいたい事があったからね。


「知ってもらいたい事?」
「そう。俺がなんで君の事を知ってるのか」


知りたくない?呼ばれた理由がなんなのか。


「はっきりさせておいた方がいいだろ?」
「ま、まあ…」


なんでこんなに偉そうに話せるのか?
そもそも、なんで初めて会った人に向かって偉そうに話せるのか?


「…とかさ」
「……」


俺達は初対面なんかじゃない。


「幼馴染みだからだよ」
「はっ?」


まあそれが普通の反応かな。予想通り過ぎてむしろ笑えないけど。
などと、笑いながら言っている。


「幼馴染みってどういう事ですか」
「…それさ、似たような事中学の時も言われたような気がするんだよねー」


はっ??とまた聞き返す。


「お互い幼い頃からの仲なんだよ」


知ってるっていうより、なんなら分かりきってるっていう意味にもなる。


「い、一体…あなたは」
「……」


あの時とは違う。今度こそ忘れてるんだ。
2年前海外で急激に増えた死亡者数は、さっき言った薬の所為だ。あれは当時試薬のようなものだった。
安楽死を望む入院者、要介護者。尊厳死として寿命を迎える者をターゲットに、効果を隠密に調査していた。
後々死亡リスクが高すぎるからと調薬されて、それを飲まされたのが姓だ。
組織的には寝たきりを想像してたんだろうけど、調薬されても個人差が大きすぎて記憶障害って結末らしい。
放っておけば全部思い出すからって簡単な理由で追いかけまわしてたみたいだけど。


「…あ、あの…?」


組織がそれを大量に入手出来たのは、裏で繋がっていたヘヴンスレイブの兄と家族である妹がアンフィスバエナに居たから。
妹は密輸入や購入の手引きとして、賭博で手に入れた個人情報と金を着服している。
ナンバー2であるミミズはこの事を知っているのか未だに分からない。あえて捕まった時の内容ではこの事はつっこまなかった。
いずれ、海外会社と組織間の事柄が本格的に日本の中で起こっている。


「……」


今の職場は無関係ではあるけど、互いに知ってる人物がその組織に居座ってる。
そこに誘ったのが鯨木かさねだとして…そしたら、そっち方面の人達もこの事を既に知ってるはず。
知らなかったらまず誘わないし、誘って手中におさめればその薬だって経営権ごと買取とか…


「…姓」
「えっ…?」


すぐに染まってしまう白色。いつの間にか闇に近い暗色と変わっていた。
記憶を失ったからって、本当の無には近付けやしない。
大体、姓が思い描いている無とはなんなのだと。


「力になるよ」
「え…」


…それも、タダでね。



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