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「…なんででたらめ言って確かめたの」
「はぁ…突然過ぎてなんの事言ってるのか分からないよ」


姓の家はひとりにしては広かった。周りの家具も全て、ひとりで使うには容量が大きい。
当時の物をそのまま引っ張ってきたんだとすぐに分かった。


「放課後の最初の話…わざと作り変えたんだなって今思って」
「…知ってるのになんで話を捻じったのかって事?」


4ドアの冷蔵庫は、当時と同じように重々しく佇んでいる。
そこに背を預けて腕を組んでいる姿に姓は視線をずらし、そう。と一言呟いた。
横へと伸びているシステムキッチンは綺麗にステンレスを光らせていて、清潔感が保たれている。


「ひとつ挙げるとすれば…どういう反応をするのか見たかったから、かな」
「…そっか」


備え付きのIHは姓の指でスイッチを押され、静寂した。
先に並べていた平たい白の陶器に移され、ゆらゆらと湯気を上げていく。
じっと見つめる視線に気付き、一旦手を止めた。


「…なんか…料理なんて出来たんだって言いたそうじゃん」
「よく分かったね」


と小さく笑われて、止めた手を再び動かした。
そしてその手つきを見つめて、食事マナーもどうのこうのって結構言われてきたみたいだね。と続けて言われる。


「まあね。っていうかそこは当てずっぽうなんだ」


一言で終わらそうと思ったのに、なんかしゃべっちゃうのはなんなのだろう…
そんな事を考えていると、視界に入っているその姿は冷蔵庫から背を離し、テーブルの方へと歩き出した。
家庭内の話だろうしね。と当たり前の事を言いながら、椅子を引く。


「っはぁ…」


やれやれというように首を軽く振り、うしろからは勝手につけられたテレビニュースの声が聞こえてくる。


「ほらやってるよ」


軽々しくそう言われた時、姓はふたり分の皿を左右に持ってはその声の元へ振り返った。
すると、さっきの人体実験の話。と楽しげに言いながら姓に顔を向ける。
背もたれに片腕を預けたその姿は…ただの不良にしか見えない。


「さあ食べようって時にやめてよ」


大体学ランに赤シャツって…まあ今更だけど…
そう思いながら歩み寄り、皿をテーブルへと置いた。


「まだ他に隠し持ってるものがあるはずなんだけどねえ」


人の話聞いてんの…と文句を言いながら正面に座った。


「姓だって気になるだろ?」


信頼の厚い企業がまさか裏で闇取引なんてしていたら、それがどんな取引なのか探りたくなると思うけどね。
と、中学生には似つかわしい口調。
…いや、これも今更か…


「…」


…にやついている。こいつは、楽しんでいるんだ。
世間に突然ほったらかしにされる様を想像して、嘲笑っているんだ。


「…早く食べないと冷めちゃうよ」
「まるで母親みたいだね」


馬鹿にした言い方だったが、反論しないでおいた。
自分の精神を削るだけだし毎回イラつくのも疲れる…


「これ姓の手作りなわけ?」
「そうだけど」


昨日の残りって言ったじゃん。と、めんどくさげに言ってやったが何も返ってこなかった。
何も言わず口に運びながらテレビへ視線を向けている。
即座に見た目や味に文句を言うのだろうと思っていたが、そんな様子が全くない。


「…ねぇ、文句は?」
「は?」


手を止めて向けられた顔は無表情だった。
違和感を感じつつも、なんで文句言わないの?と固定概念のようなものをぶつける。


「何、言ってほしいわけ?」
「いやそういう意味じゃなくて」


姓の渋っている様子に少し笑みを浮かべ、さすがにまずいとかは言わないよ。と言って口に含む。
それは少し違う表情で、優しい言い方だった。


「…おいしいならいいけど」
「そりゃあね」


本当にまずかったら一口で終わってたよ。とか、そっちの趣味でもあるなら別だけど。とか…
なんかそういう事を続けて言いそうだな…と予想していた。


「…」
「…」


しかし、何も言われなかった。テレビへ視線を向けてただただ無言で食べ続ける姿は、普通の男子中学生だった。
どこか…どこか見た事がある面影だ。


「…嫌いな食べ物は?」
「何その質問、初対面だったっけ?」


いやだから…っはぁ…まあ、もういいや。


「…嫌いなものなんて特にないけど」
「…そう」


斜め向かいの家…斜め向かい…斜め向かい…
んん〜〜…やっぱり正確には思い出せないなぁ…


「……」


今日午前、東京都千代田区の高級住宅街で―


「今度は金持ちでも拉致られたかな」


え?と小さく言って視線の先にある画面を見つめた。
付近の誰かが撮影したようなぶれている映像。
覆面の数人が慌ただしく黒のバンに乗り込んでいく。


「…」
「…」


―警視庁は誘拐事件とみて、犯人の行方を追っています。


「…」


ひとりで見るのは少し怖かった。だから今の今までネットニュースしかあてにしていなかった。
こうやって、人間が狩られているのか。両親もそうだったとしたら…もしかしたら…


「心配する事ないよ」
「え…」


視線を上げると、テレビのチャンネルを次々と変えている様子が映った。
皿は既に空になっていて、意外と綺麗に片付けられている。


「どうせ両親の事考えてたんだろ」
「…」


親と重ねるべきじゃない。勝手な憶測は判断を鈍らせるからね。


「…それ、人の事言えんの?」
「どういう意味?俺は姓を知ってるわけだし憶測でもなんでもないだろ」


少し投げ捨てるように言われたが、特に機嫌を悪くしたわけではないようだ。


「これは俺の趣味嗜好だから、それに付き合ってもらって悪いけど」
「…?」


言ったよね、首を突っ込むべきか考えてからにした方がいいって。
そう言われたが、どこに観点を置いているのかが分からない。


「ん〜、何が言いたいの?」
「とりあえず、卒業するまでは今を考えなよ」


今?と聞き返した。
すると、そうだよ。と返しながらおもむろに立ち上がる。


「両親の事は俺がなんとかしてあげるよ」
「え?」


ただし、まだ時間はかかるけどね。
なんて得意げに言うが、どういう自信で言っているのだろうと思った。
何を根拠に…という言葉も思い浮かんだ。


「そういえば…高校、どこにするか決めてる?」
「え、何?」


そう聞くと、皿を手に取って台所へと足を進めだした。
その横顔を目で追いながら、次は高校の話?と続ける。


「来良学園にしなよ」
「…なんで?」


俺がそこに行くからだよ。とはっと笑うように言いながら、皿を流し台に音を出して置いた。
シミにならないようにか、蛇口を動かして少しばかりの水を皿の中に溜める。


「高校に上がったら色々とやるつもりだからね、両親の事も調べるつもりさ」
「…」


言ってる事は分かるだろ?
だったら、すぐ近くに居た方が早いと思わない?


「…んん…まあ…」


っていうか、来良学園ってどこ?と無知を露にする。
水の音が小さくなり、再び戻ってきた姿は少し笑っていた。


「今は来神高校だけど、合併して来良学園に変名するんだよ」


と、溜め息をするように言って椅子に座った。


「へえ…」


合併すれば情報も必然的に集まってくる。そう考えると、多方面からの収集は結構強みだと思うよ。
黙ってても耳に入ってくるだろうからね。


「そういうのも含めて、来良にしなって言ったんだよ」


そう言っておもむろに伸びた片手はリモコンのボタンをすっと押してテレビを消した。
突っ立ったまま見下ろすその表情は、どこか自信に満ちたような…楽しみにしているような…
…そんなものを感じた。


「…」
「…姓」


黙ったまま立ち上がり、食器を手に持つ。
名前を呟かれたが、何も返事は出来なかった。


「…真実を知るのが怖い」


なんて思ってる?
無言のまま台所へ歩く姓を見つめて言うが、しんとした室内には食器の置く音が響いただけだった。
そのまま水を流し、洗い始める後ろ姿。


「…はぁ」
「……」


姓からそばの椅子へ視線を落とし、座っては再び台所の背中を見つめる。
何を思っているのか、どんな心境なのかは聞かなくても分かる事だ。


「さっきも言ったけど、俺がなんとかするよ」
「……」


最終的にはどうせ真実を目の当たりにする。
それまで君は何もせず普通に暮らすといい。


「……」
「気にしないなんて無理だろうけどね」


でももう少しの辛抱じゃないか。
今から考えたって何をするにしても力が足りない。
どうしたって無力なのさ。


「…じゃあ、どうすれば」


消えそうな声と共に、水を止めた。


「だから言っただろ。今を考えなよって」


もう、無限ループだ。
何をするにしても力がない、どうしたって無力。
そう言われてじゃあ何をどうすればいいのかって聞けば、何もする事なく今を考えろって…


「…ところで…部屋ってあいてるの?」
「……は?」


タオルで手を拭いていると、そんな事を聞かれた。
一体何を考えているんだ…


「あ、あいてるけど…なんで…」
「この時間に帰るのも気が乗らないし」


このまま居てもいいかなって。と言われた。
いや、当たり前のように言ってるけどその発言は普通じゃないと思う…


「何考えてんの…家で両親が待ってるんじゃないの」
「居ないよ」


何も気にせず、普通に言い返された。
え…と小さく言って振り返ると、見つめられていた。


「長期出張中だからね。最後に会ったのも覚えてないよ」
「…」


ああ、君と遊んでた頃はまだ落ち着いてたからね。
長期じゃなくても、短期が多かった。


「…そうなんだ」
「別に姓が気にする事じゃないと思うけど?」


…気にする事でしょ。
何も知らないからってあまり他人の家族の事を聞くのはだめだなぁ…
…あ、いや…何も知らないわけじゃないのか…他人でもなければ…
本当は知ってるはずなんだよね…


「ごめん、本当」
「は?何が。気にしなくていいって今言ったばっかり」


いや違くて…と被せるように返し、少し沈黙した。


「……」
「全然…思い出せなくて…」


名簿で名前見ても初対面とばかり思ってた。
この半年でなんの違和感もなく隣の席に座ってて、何も気付けなかった。


「…やっぱり…なんか忘れてる気がする…」
「ま、無理に思い出させようとしてるわけじゃないから」


両手を軽く広げて言うその姿は、視線を逸らして真っ黒の画面を見つめた。
手をだらしなく下ろしたあとは何も言わなかった。


「…」
「…」


何かきっかけでもあればいいんだけど…
それに頼るのはちょっとあれだけど、もうきっかけを待つしか…


「…で、泊っていいわけ?」
「あ…あー…えっと…」


過ごしやすいからいいなってだけだよ。
別に深い意味はないし、嫌ならそう言ってくれて構わないよ。
そう言うが、その後ろ姿は何かを伝えているように見えた。
一緒に居れば…今、もしかしたら自分の事を思い出してくれるんじゃないか…って。
無理に思い出させるつもりはないとは言うが、どこかそれに反しているような…


「…じゃあ…お風呂、入る?」
「何、結構待遇いいんだね」


薄く笑った表情で顔を向けられ、馬鹿にするなら本当に帰ってもらうけど。と返した。


「分かってるよ。そうやってすぐ怒るのも昔のままだ」
「……」


テーブルに両手をやっておもむろに腰を上げた様子を横目に、脱衣室のドアへ歩いた。




正直、自分でもなんでこの人にここまでやってるんだって思う瞬間はあった。
でも一緒に居て本当に嫌だとは思わなかったし、夕方に思った暴言は取り消そう。
やっぱり顔立ちとか懐かしい気分になるのは、知ってるからなんだ。


「…姓、ひとりで寝ろって言ってんの?」
「当たり前でしょ」


自分の寝室の隣。
そこにしまっておいた布団を並べてやった。
ぼふっと横になった姿は、そのまま頭のうしろに両手をやってひとつ瞬きをした。


「子供じゃないんだからひとりで寝てよ」
「じゃあ大人の俺が隣で寝てくれって言ったら?」


何言ってんの…とその薄く笑う表情を見下ろす。
見つめてくるが、またからかおうとしているだけだ。


「そうやってすぐ人の揚げ足取ろうとするんだから」
「大人だからもしかしたらその大人がするような事を企むかもね」


そう言われ、少し鼓動が速くなった。
それを誤魔化すように慌ててドアのハンドルを握る。


「だっだから何言ってんの馬鹿!」


そして、バンッと勢いよく閉めた。
隠すようにベッドへ身を投げて、枕に突っ伏した。
どうせ今おもしろくて笑うのを堪えてるに違いない。


「……」


あまり眠気はなかったが、目を瞑って無理矢理遮った。
夢も何も見たくない。
ただ、今すぐに明日になっていさえすればいい。



いっしょにいれたらいいね
いっしょにいるよ

その、頬をつついた小さい指
綺麗な黒髪
落ち着いた声質

誰… 誰だか思い出せない…
思い出したい 思い出したい

何かを話しているのに、何も聞こえない
何も見えない…



息を呑んでいた。
慌てて息を吸った自分に、自分で驚いていた。
夢だという事は分かっていた。
でももうなんの夢を見ていたのか…覚えていない。


「…」


ゆっくり身体を起こし、ベッドから足を出して床についた。
台所の方から小さい音が聞こえる。
同じように目が覚めちゃったのかな…と思いながら、腰を上げた。
ドアへ手をやって静かに開け、横に顔を向けるとその背中があった。


「…寝れないの」
「…」


少し振り向いて、再び戻した視線。
手元を見つめていて、そこには半分入っているコップがある。


「ああ…いつもの事だよ」
「…そっか」


毎晩目が覚めるって事なんだろうけど…


「勝手に飲んでるけど、いいよね」
「うん」


そう返事をしてその背中に歩み寄る。
すると、振り返ったと思ったらその手には注ぎ足されたコップを持っていた。


「…」
「…」


無言で渡され、姓も何も言わずにそっと受け取った。
揺れる水面を見つめるが、すぐに口を付けて少し流し込んだ。


「…あ、あのさ…」
「ん?」


囁き声に軽く反応した様子で、姓を見下ろす。
小さい頃のわたしって、どうだった。と突然な事を聞いた。


「どうって、なんの事?」


…どう…映ってた?と続けた。
さっきの夢はほとんど覚えてないのに、気になる。


「それって…どんな答えを期待してんの?」
「……」


月明かりが届いていて、少し青みがかった室内。
お互いの表情はちゃんと映っている。


「…」
「…」


すっと頬に向かって片手が動いた。
その指は軽くつねるように頬を挟む。


「どう見えたってこうなる事は同じだったと思うけどね」


そしてその指の程ない力は解け、そのまま添えるように横髪を通した。
その仕草はとても大人だ。中学生には見えないくらい、大人だ。
幼い頃からそういう大人びた人だったんだ。


「…」
「…」


もし、ここでキスなんかされそうになったら…わたしは断るのだろうか。
それとも、身を任せてしまうのだろうか。


「…このまま起きてる気?」
「え…いや…」


しかし何もなしに手をするっと離された。
安堵しているのかなんなのか自分でも分からない感情だった。
はっと我に返ったように手元のコップを口元へ上げて一口飲むと、下した時に突然取り上げられた。


「…」
「…」


残りを全て飲まれたが、何も言わなかった。
何も言う気になれないというのが正解かもしれない。
カウンターにコンッと軽く置いた音がして、そこに視線を移す。


「これでも皆勤取りたいからね」
「…意外」


そう?と返して、再び戻っていった。
背中を見つめても何かしらの感情は伝わってこなかった。
何か言いたげだったような気はしたけど、それがただ我慢しただけなのかなんなのかは分からない。




次の日は必然的に一緒に登校した。
誰にも見られてなきゃいいけど…なんて思っていたが、別にいいか。と自己解決した。
授業中だって特に変わった事はなかったし、昼食だっていつも通りだった。
あ、いや…まあ屋上で食べてたら、案の定話しかけられたっていうのはあったけど…
別に嫌ではなかったし、むしろ嬉しかった。
……嬉しかった?ま、まあそういう事にしておこう。

問題は、下校だ。


「あれ、もう帰んの?」
「え?うん…」


放課後になった途端に席を立ちどこかへ行った。
だからその間に姿をくらまそうなんて考えて、さっさと帰り支度して廊下を歩いていた時だった。
うしろから声が聞こえて振り返ると…居た。


「先に帰ろうとするなんてひどいなぁ」
「別にいいじゃん…」


わざとらしい言葉だ。
まあ一緒に帰ったっていいんだけどさ…


「あ!居た居た!折原くんちょっと待ってよ!」


すると、そのまたうしろから小走りしてくる姿が近付いてきた。
必死に息を上げていて、片手を伸ばしている。
おそらく追ってきたのだろう。


「僕も居るって知ってて無視するのは君の性格上の問題だろうけどそれは」
「新羅…」


遮るように呆れながら名前を呟き、振り返る。
その新羅という男子は、目先で足を止めて はぁっはぁっ…と息を切らしながら膝に両手をあてている。


「そろそろ臨也くんって呼んでもいい頃だと思うけどっ?」
「やめてくれないか。仲がいいって思われたくないしね」
「いいじゃないか!そう言わずに!」


いざやくん あーそぼ!


「あ…」


突然だった。


きょうはなにするの?
おうちであそぼー!


「…」


折原と彫ってあった表札。


「…お、折原…」
「…ん…?」


不思議に思い、無表情ながら姓へ視線を振り返らせる。
新羅は あれ?友達居るんじゃないか!と何故か喜ぶように声を上げた。


「…」


これなに?
これはまほうだよ!
まほう?


「ま、魔法!」
「はっ?」


ここにしまってるの!
なんで?
いざやくんがいつでもつかえるように!


「上から2番目の引き出し!」
「だから、それは知ってるよ」
「違う違う!」


思い出したんだよ!と、駆け寄った。


「あの時の臨也だ!」
「え?何、どういう関係?」


新羅の言葉を無視して、臨也は姓に小さく笑みを浮かべた。


「どういうきっかけで思い出してんの…」



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