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現在の話をする前に、まずは中学の頃まで遡ろうと思う。



「ねえ君…地方から来たんだって?」
「…そうだけど」


放課後の静かな教室で突然声をかけられた。
数人が帰り支度をしている最中で、あの喫茶店に寄っていこうよなんていう声が耳に入る。
今日の担任めっちゃ機嫌悪かったねーなんて会話もちらほら聞こえてきた。


「…」


隣の席の男子。
頬杖をついていて、少しニヤつくように口角を上げては窓の外へ視線を逸らされた。


「…それが何?」


転入してきてから、半年は経っていた。
今まで1度も会話なんてした事がなかったというのに、本当に突然の事だった。


「いや、少し気になっただけさ」
「…なんで」


一言放つと、頬杖をやめて顔をこちらへ向けた。


「君、転入初日に自分で言った事忘れたわけじゃないだろ?」
「……」


黒板に名前を書き、自己紹介をした場面を思い出す。
あの時、わたしはなんて言ったっけ…?
そんな事覚えてないって誤魔化すか…


「そんなの…」
「確か、両親を探しにって、言ってたと思うけど?」


まさか本当に忘れてたわけ?と馬鹿にするように言われた。癪に障るような口調だ。
正直、これからこいつと関わっていくのは絶対に無理だ。
それが一瞬で分かるくらい相性が悪い。


「それが何?わたしの勝手でしょ」
「ああ気に障ったなら謝るよ。人間観察が趣味なもんだから、ついね」


語尾をわざとらしい言い方にして、怪しい表情を向けられた。
机に置いている片肘、その手が軽く手振りをするような仕草。偉そうに足を組んでいる様子。
全てが受け付けない…


「観察がしたいなら勝手にすればいいでしょ…」


でも、これ以上わたしには関わらないで。
そう言い捨てると、君…と、意に反さないような声色で返された。


「偽名だよね」
「…っ」


何故それを…と心の中で慌てる。
表に出さないようにしたが、図星のようだね。と軽く笑いながら言われ、視線を向けた。


「偽名なんて使う理由、わたしにはないけど」
「あると思うよ」


だって君…自分で言ってたじゃないか、両親を探す為に上京してきたって。


「それとなんの関係があるっていうの?」
「そうだねえ…例えば、両親を攫った組織から狙われているから…とかかな」
「…っ」


本名だと身バレするのは時間の問題だからね。
ああ、そんなの顔を見れば1発で分かるじゃないか、なんて返しは無駄だよ。
どうせその組織は君の顔を知らないはずだから…手掛かりは実家か苗字くらい、なんじゃないかな?


「きっと君が小学生の頃の事件か何かだ」


地方で進学してもよかった。でもそれじゃ普通過ぎる。かといってそのまま実家に居れば狙われる。
表札に彫ってある苗字ですぐに分かる。親戚や友人にも迷惑が掛かるんじゃないか…


「…だったらこの地を離れて、いろんな組織がやり取りしていそうな都心に、少しだけの可能性を信じて飛び込んでみようか…」
「……」


机の表面を一心に見つめ、不機嫌にも口を閉ざした。
だがそんな事を気にせず言葉を続けられる。


「案外そうしてみたら、何かと気楽で自分にちょうどよかった。このままひとりで過ごすのもいいかもしれない」


両親や組織の事は忘れて…この街で、自分だけで生きていくのもいいんじゃないのか…
早く解放されたい。これからは全て忘れて、全てひとりで…
小学生でもひとりで東京に居れるのなら、これからも簡単にいくんじゃないのか…


「…そんなとこかな?」
「……」


…当たっている。
自分の感情はさておき、こいつの言う通り読みはほとんど当たっている。


「…もしそうだとして、費用なんかはどうするの」
「そんなの、簡単に引き出せるだろ」


両親の口座をひとつだけ、君が管理していたとすればね。


「ははっ小学生にそんな事が?ありえない推理だね」
「そうかな?」


君の両親は金銭の躾けに厳しかったんじゃないのかい?
毎月の小遣いは必ず口座に入れなさい…なんて言われていた、とかね。


「っは、全く知ったような口ばっかきいちゃって」
「知ってるよ」


被せるように言い返された。それはとても真剣で、声色も少し違った。
突然の雰囲気にいかにも機嫌の悪い表情を作って、顔を向ける。


「はあ?」
「君の両親は銀行員だ」


金銭問題は簡単に片付く。
所謂お嬢様扱いだ。ひとりっ子の君はさぞかし甘やかされていたんだろうね。


「でもそれは違う。ひとりだからこそ、後々は必ず必要になる金を自分で管理出来るよう躾けていたんじゃないのかい?」


どうしたって先に必要になるのは、この世の中では金だからね。


「……」


練習として、まずは小遣いを貯金させていた。
それは幼い頃に始まり、ビンから缶、最終的には専用の口座を開設した。
ただそれだけの事じゃないか。


「ああちなみに、その通帳は机の右側にある添え付きの引き出し。上から2番目の中に仕舞っていた」
「…っ」


なんで通帳の場所まで知って…っ
こっこわ…いやいや、落ち着け…顔に出したらだめだ…


「どう?我ながら当たってると思うけどね」


…なんで…なんで知っているんだ…?
わたしの小学生時代を、知っている…?
どういう…


「…全然当たってないし、あんたの妄想に付き合ってる暇はないんだってば…」


誤魔化すようにガタッと膝裏で椅子を引いて席を立つ。
そして、引っ掛けてあるカバンへ手を伸ばした。


「姓」
「…っ」


ピタッと震わすように、その手が止まった。
低めに囁かれた自分の名前。
この教室には…もうふたりしか居ない。


「…」


横から射す夕日が、とても熱い。


「それが本名のはずだけど?」
「…ちっ違うよ、誰と間違えてんの?」


カバンの取手を掴み、そっぽを向いてそそくさと歩き出した。
急いでいる様子に小さく笑みを浮かべて、廊下へ踏み入れる瞬間に言う。


「家まで送ってあげようかー」
「別にいい!」


ムキになった様子で廊下へと消えていった姿に、はぁ…と溜め息をついた。
それは楽しんでいるようなもので、余韻を噛み締めているような…
カバンを手に取り、席を立っては慌てる事なく歩き出して、廊下へと姿を出す。


「そう言わずに、俺の話に付き合ってくれてもいいんじゃないのかー」


早歩きの背中に若干声を張って言うと、歩くペースは更に速くなった。


「…大当たりだ」


そうひとりでに呟いて、あとを追った。




「ついてこないでよ…」


門を出る前に追いつかれて、走ろうか走らないか迷っていた。


「本っ当、昔と変わらないよねえ」
「昔って…」


なんでわたしの過去を知っているのか。聞きたいけど、知らなくてもいいような気がする。
知って得する事も損する事も、何があるのかは分からない…


「まだ誤魔化すつもり?であれば…」


決定打をもっと出した方がいいかな?
そう楽し気に言われて、眉間を寄せた。
顔は向けずに歩く先の地面を見つめる。


「それはどういう意味」
「知ってるってさっき言ったじゃないか。その証拠を話してやるよ」


話せるもんなら話してみればいい。
決定打なんて言うのであれば、どうせ作り話を似せて見せるだけだ。


「小学2年の時、父親の転勤で地方に引っ越しただろ」
「…」


5年の新学期に合わせて東京に戻ってきたはいいけど…6年に上がってからの半年後、両親が攫われた。
確か祖父母は既に…


「……」
「…だったよね」


と、姓の眉間を寄せる表情に不謹慎にも小さく笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「去年の1年間は外に出る事すらまともに出来なかった」


それも無理ないよねえ。
両親の事を考えると、のうのうと学校生活を送れるような心境じゃないわけだからね。


「ねえ、そろそろ信じてくれてもいいんじゃないの」


吐き捨てるような言葉。


「……」


姓のだんまりに笑いつつも溜め息をした。


「地方に居た事は嘘じゃない。だから地方から来たって言っても支障はない」


むしろそう思われた方が好都合。
そう考えていたんじゃないのかい?


「……」
「…ま、さすがにこの中学を選んだ事は俺も予想なんて出来なかったけど、結果こうして再会したんだ」


もっと喜ぶべきだと思うけどね。と続けると、姓は立ち止まった。
再会って…わたしの事を知ってるって事はやっぱり昔に会った事あるんだ…
と、心の中で呟いた。


「…どこまで遡れる?」
「んー?」


振り返るような視線と呑気な返事に、姓は視線を上げる事が出来ない。
そしてそのまま、幼い頃の事…どこまで知ってる?と続ける。


「住んでた地域も環境も知ってるよ」


本当は、君の名前を言った時点で気付いてほしかったけどね。


「…」


少し黙り、その地域って?と質問する。
疑ってるね。と薄く笑って返し、そばにあるガードレールに軽く腰を預けた。


「…分譲住宅地、奥の突き当り」


そうだろ?と聞くと、姓は うん…と素直に返事をした。


「俺はその斜め向かいに住んでた」


隣の家は老夫婦が住んでたし、遊び相手も居なかった。
君の両親は、同じくらいの子供が居るって知って、俺の家に君を紹介してきたんだよ。


「…よく覚えてるね」


と、視線を少し上げる。


「思い出した?」


いや…思い出してはないけど…と再び目を伏せる。
仕方ないような表情が視界に入っている。


「それからは毎日遊んでた気がするけどね。お互い名前も知らないまま」
「……」


俺は君の名前を知りたくて、直接君の親に聞いた。
ちょうど家に君の母親が来た時にね。


「だから覚えてるんだよ」
「…わたしは…名簿見て知ったけど…」


それは、当時君が俺に興味がなかったってだけの話じゃないかな?
わざとそんな言い方をしたが、姓の表情は少しつらそうだった。


「…そんな顔する必要ないよ」
「でも…」


今のところ、俺が覚えてるって事に意味があるんだからさ。
と、息を吐きつつ軽い言い方で腰を上げた。
そして、で…家は?と簡単に言う。


「まさかここじゃないよね」


うしろへ振り返りつつ冗談を言った。
その視線は老朽化が進んでいるようなボロいアパートを見上げる。


「そんなわけないでしょ…ていうかまじで家まで来る気?」
「だから言っただろ、送るって」


姓に視線を戻し、両手をポケットに入れてはその中で手を反すような素振りをする。
当たり前のようなその態度にわざと溜め息をした。


「…何企んでんの」
「何か勘違いしてるようだけど、別に取って食おうって気はないよ」


君にその気があるならいいけど。と冗談を言ったが、姓はなんとも思わなかったようだ。


「いやそうじゃなくて…」
「何、俺が姓の人生を踏みにじるとでも言いたげだね」


笑って言うと、多少当たってる。と言い返された。


「…今の俺じゃそんな事出来ないよ」


そうなるのは、もっと先の話かな。
そう続けると姓は少し慌てた表情になり、あからさまな感情が伝わってくる。


「どっどういう意味それ」
「冗談だよ」


本当真に受けやすいねえ。と馬鹿にしながらうしろへ身体を向けて歩き出した。
しばらく見つめたままだったが、ほどなくしてそれについていく姓は、腑に落ちない顔をしている。


「そうだ、このまま飯でも食いに行こうか」


いい考えだろというような表情で振り向きつつ、後ろ足で進んでいく。
君の事だ。どうせ帰ってからやればいいなんて考えてたんだろ。
そう言って再び身体の向きを戻した。


「…それも多少当たってるけど」
「だったら迷う事ないと思うけどね」


再会の印に俺が奢ってあげるよ。と陽気に言葉を続ける。


「……」
「本当は君のその減らない残高を大いに振舞ってほしいところだけど」


顔を上げると、冗談なのか本気なのか分からないような後ろ姿だった。
どのくらい貯まっているのかも知っているのだろうか…
まあ、わたしが出してもいいけど…と少しでも思った自分を一瞬で否定した。
大体そんな事思うって、行く気満々じゃんわたし…


「…ねぇ…ひとつ、聞いてもいい?」
「何?」


そのまま歩いていく背中を見つめる。


「わたしだって気付いてたのに、なんで半年経った今なの?」
「そんな事気にするなんて、どうして?」


と返されたが、姓は何も言わなかった。
そのまま黙って返事を待つ。


「……」
「…正直、半信半疑だったからね」


お互い小1の頃で止まってたし。
転勤族で学校も転々として…記憶が定着する前に毎回移り住んでちゃ、そんな昔の事なんて覚えてないはずだってね。


「それに、君にとって俺は今更の存在だろうと思ってたからね」


…と、そんな事をサラッと言ってのけた。


「…ごめん」
「謝らなくていいよ、これは始めから分かってた事なんだからさ」


定着していたとしても、ちょうどその頃の記憶っていうのは思い出すのに時間がかかるものなんだよ。
君の場合、事件の事もあるし思い出したくなくて封印してるのと同じなんじゃないかな。


「……」
「俺はそれを分かっててこうしたんだよ」


ただ単に君に会えて嬉しかったっていうのもあるけどね。
そんなふうに何も恥ずかしがる事なく言われ、姓の心境は気まずくなった。


「いずれ君と俺は幼馴染みだよ。嘘偽りなんてない」


っていうか偽る事じゃないしね。
嘘を言って俺に何かの得があったとしたら、もうとっくにそうしてるよ。


「それは…まあ、その通りかもしれないけど…」
「もしくは素直に打ち明けて、そのあと利用するか…」


利用って…わたしの何を利用出来るっていうの…
呆れて返すと、色々あると思うよ。と呑気に言う。


「例えば?」
「ん?そっち系の噂は結構知ってると思ってたけど」


そっち系?と後ろ姿を見つめる。
そうだよ。と簡単に返されたが、どうせ危ない内容だという事は若干気付いてはいる。


「裏の噂は絶えないからね。姓も気を付けた方がいいよ」


本当に両親を見つけ出したいのなら、そこに首を突っ込むべきなのかどうかちゃんと考えてからにしなよ。


「どうせいくつか情報は掴んでるんだろ?」


そう言われ、まあ…と誤魔化すように返事をした。


「それを確かめるのは、もう少しあとからにした方がいい」
「…なんで?」


考えてもみなよ、中学生がひとりで出来る事なんてほんの少ししかないんだからさ。
ましてや孤立してる君が裏側に放り投げられたら、どうなると思う?
そうやって軽い言い方をしながら姓に振り返り、立ち止まった。


「…人身売買だよ」
「……」


姓も足を止めて、その表情を見つめる。


「…なるほど?」


辺りは既に暗くなっていて、歩道に続いている簡素な街灯が数本、ふたりを照らしている。


「臓器だって高く売れるからね。最近流行ってるんだよ」


その中の1本は不規則に点いたり消えたりを繰り返している。
パチン、パチン…と電気の流れるような音が、周りの車や少し遠い場所の電車音に掻き消された。


「君は狙われやすいタイプだろうから、特に用心した方がいい」
「わたしが?」


そんなまさか、と信じられなくて聞き返した。
電車が線路を流れるように去っていく。それは段々と小さくなり、遠ざかっていった。


「そうだよ」


街中からはクラクションが鳴り響く。
一言で返されたその言葉と、慌ただしい警笛で不安にさせられた。


「…で、そろそろ何が食べたいか決まった?」
「え…あ…」


あー…えっと…と口籠る。
こんな話のあとに選ばせるのは俺も自分でどうかと思うよ。と自分を笑いながらくるっと振り返り、足を進めた。


「…寿司」


姓は俯きつつ、小さく呟いた。
その声に立ち止まり、再び振り向く。


「…それ言ったら1ヶ所しかないと思うけど?」


そこはほとんどのみんなが集まってしまうような場所だ。
今からそこに行くのか。と正直思った。


「俺はいいけど、確か君は人が集まるところは嫌いじゃなかったっけ?」


まあ、この地に住むって決めたなら妥協はしてるだろうけど。
続けてそんな事を言いつつ、姓の言う通り向かおうと足を進め出した。


「自分で苦手だって言ってたのも覚えてないだろうね」


わざと投げ捨てるように吐いた言葉。


「…うん、苦手」


立ち止まったままの姓に、振り返った。


「…」


…やっぱり、思い出せない。
そんな昔の事なんて覚えてないよ…


「昨日の残り物でよかったら、食べる?」
「…その前に、急に気が変わった理由は」


別に。と返して歩き出す。
単に外食があんま好きじゃないってだけ。なんて言いながら横を通り過ぎた姓を目で追い、その背中について行く。


「へえ、それだけじゃないように見えるけどね」


勝手にそう思っとけば。とテキトーに返した。
少し後ろを歩いていた足音が溜め息と一緒に隣へ移動し、横から少し見下ろされる。


「人間観察が趣味なんでしょ?好きなだけすれば」


自分よりも少し背が高くて、ムッとした表情で見上げるように顔を向けた。


「それ、違う意味に聞こえるのは気のせいかな?」
「はあっ?」


自分の家にあげようとしてる人の発言だと、かなり軽率に聞こえるね。
と若干笑ってからかわれ、姓は途端に んなわけないでしょ!と機嫌を悪くする。


「お腹すいてないならさっさと帰れば!」
「分かった分かった」


もう何も言わないって。
そう言いながら、早歩きになった姓のあとを追った。



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