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それがどんな世界なのかなんて知らなかった。
今までは普通に、そして無関心に。気にしないふりをしていた。
だがいつしかこの学校が少し違う色で溢れ…なんか楽しい、と思えるようになった。


「はじめまして」
「…ああ」


最初の頃、個性は明かされなかった。それが何故なのかはっきり疑問を持った事すらも思い出せる。
頬杖をついてめんどくさそうにしていても、周り同様こいつも同じように接してきた。
あいつにとってはこの学校もこのクラスもこの街も。初めての場所だというのになんの不安もなさそうな表情だった。
個人的にはそれが不思議でならなかった。新たな土地に越してきた日の興奮と迷いと…
…そして、この先に対する人生論はあの時どんなものだったのか、とか。


「わたし、名」


よろしくね。と笑みをつくる。
横目でそれを見て、少しだけ顔を向かせた。


「…あまりはしゃぐなよ」


ここの奴らは少し面倒だ。


「特にあいつがな」


と言って、頬杖をやめて視線を斜めうしろへ振り向かせた。
その先には先程から騒いでいる不良が居る。


「てめえもう一片言ってみろ!吹き飛ばすぞコラァ!」
「ばっ爆豪くんやめてって!」


うるせえ!という発言があった時、再び視線を正面へ戻した。
目が合わないうちに逸らしておかなければこちらへ飛び火する。


「ほらな」
「すごい活気だね」


活気どころの話じゃねーよ…と呆れながら机に両手をついて椅子から腰を上げた。


「あ、どこ行くの?」
「どこでもいいだろ」


めんどくさげに返し、そのままそこをあとにした。
その時の名の表情は全く分からない。



次の日、自分の隣の席に名は居なかった。
1日中空っぽの状態で、2日目にしてもう来なくなったのかと目を疑った。
だがそうじゃなかった。


「昨日来た名ってさ」


ちょっと訳ありらしいよ。
…と、少し離れた席のふたりがそんな会話をしていた。


「……」


訳ありとはなんだ。と心の中で気になるばかりだった。
知ったところでどうする。と自分に言い聞かせるが、そればかりが頭の中を支配してくる。


「訳ありって〜?」
「なんかさ、両親に色々あって名が自分でやりくりしてんだって」


やりくりしてるって何を?と聞くその相手。


「例えば家の事とか、あと稼ぐのも自分なんだって」
「え?ここってそれおーけーなんだっけ?」


いやその前に重要なのは、ヒーローとして活躍してるんだって!
…というその言葉に、轟は無表情のまま驚いていた。


「……」


俺達と同じ歳で既にヒーロー?
いや、だったらここに通う必要性はないはずだ。


「……」


何故そんな事をわざわざ…


「…ねえ、名の話なんか聞いてないの?」
「はっ?」


会話していたのを盗み聞きしていると気付かれたのか、轟はふたりから声をかけられた。
轟は少し焦りつつ、曖昧な返事をするしかなかった。


「俺は何も知らねぇ…」


昨日の今日だしな。


「だよねー」
「そりゃそっか」


そう言って再び離れていくふたり。轟は早々に頭の中で考えを巡らせていた。
ヒーロー科に通いながら既にヒーローとして活躍している名に疑問ばかりが浮かぶ。


「……」


そこまでして何か利点があるのか。両親は未だ健全だとしたら、自分だけそんな多忙に時間を費やす意味が分からない。
明日来たら、聞いてもいい事なのだろうか。



翌日、名は初日と同じような表情で席についていた。
轟はその名の後ろ姿に少し驚きつつも、昨日の質問を聞いてみようと意を決した。


「名」
「あ、おはよ」


にこにことしている。だが頬や首筋、そして指先など少しかすり傷のような小さいものがいくつか見当たる。
あまり女性の身体をじろじろ見はしないが、ヒーローとして活躍しているという言葉を聞いた所為でつい意識してしまった。


「…昨日はどうした」


2日目から早々欠席はよくねぇと思う。


「…あー…まあね」


ちょっと色々あって。
と言う名の苦笑した表情を見て、轟の考えは確証へと着実に近付いていく。


「何かあんなら誰かに言えよ」
「…うん、ありがと」


でも誰にも迷惑かけたくないから…大丈夫だよ。


「…」


名の表情はとても気まずいものだった。
確定だ。昨日のあの内容は本当だったのだろう。


「…名」


轟はそう思った瞬間、口を開いた。
自分の席につき、名へ視線を移す。


「何?」
「お前、ヒーロー科に来てよかったか」


え?と返された。
名は今どう答えようかと考えているはずだ。


「…それは…よかったけど」


3日目だしまだよく分かんないけど…


「どうして?」
「どうしてって、昨日来なかったしな」


ああ…そういう事ね。と名は小さく笑った。
だがそのあとは何も言葉がなかった。


「…なんかあったのか」


そう聞くと、なんで…日が浅いわたしの事なんか気にするの?と返された。
確かにもっともな返事だ。


「そりゃヒーローやってんならそれ相応の事情があんだろって」
「…っ」


少し緊張した強張り方だった。
名はそのまま何も答えず、ただじっとしているだけになった。


「やっぱ正解か」
「……」


なんでヒーロー科に居る。わざわざここに来てまで身に着ける事はもうないだろ。


「…黙ってたら勝手に話が進むだけだぞ」
「あ、あのねっ…」


わたし、別にヒーローなんかじゃないよ。
そう言われ、ん?と小さく返事をした轟はそのまま名の言葉を待った。


「わ、わたし…ヒーローじゃなくて…」


そういうふりしてるだけ…


「ふりって…なんで」
「わたしみんなより年上なの」


…それは何か重要な事なのだろうか。と普通に思ってしまった。


「それがどうした?」
「え?」


あ、え…?わたし、年上…なんだけど…


「いやそれはもう聞いた」


俺が聞いてんのは、俺らより上だからってなんか隠す必要あんのかって事だ。


「えっと…まあ留年してるし」
「留年って…」


ヒーロー科だぞ…と思った。


「…名、いいか」


とりあえず整理する。


「うん」
「名は留年して、俺らより年上」


ヒーローの手伝いをする事はあってもちゃんとしたヒーロー活動はしていない。
まずこれでいいか。


「うん…」
「じゃあ次」


留年の事が両親にとって重みと感じた。だから休んででも自分でなんとかしたい。


「あってるか」
「あってる。まさにそれ」


なら尚更気になる事が増える。
そう言った轟に名は、え?と反応した。


「名は両親から何も言われてないのか」
「言われるって…何を?」


ヒーロー活動についてに決まってんだろ。
そう言った轟は、ちゃんと名に目を合わせている。


「…わたしの両親は…ヒーローに対してあまりいい印象もってないから」
「そうなのか」


うん。アンチなんだよね。
昔色々あったから、正直言うと憎んでるんじゃないかな。


「……」
「昔、わたしがヒーローになりたいって言った時もすごい怒られて」


だから、ここに通うのもあまりいい返事はしてもらえなかったんだ。


「…そうか」
「ごめんね」


なんか辛気臭い感じになっちゃって。


「いや、いい」


俺が聞いた事だしな。名の家庭事情に首突っ込んだ俺が悪い。


「それは大丈夫」


わたしも誰かに打ち明けられて、すっきりした。


「…なんかあったら言え」


そんなんじゃどこ行っても休まる日がねぇと思う。
そう言った轟に、名は綺麗な笑顔でありがとうと礼を言った。


「……」


まさか自分らよりも歳が上で、ひとりで気を張っている子に魅せられるなんて。
その瞬間は心の中で何かが騒いでいる感覚だった。
今じゃその正体が分かる。だが、誰にも言えない。



あれから月日が経った。
自分の中だけに留めていた感情が次第に抑えられなくなっていた。
こんなものは初めてだった。まさかこんな事になるなんて。


「名」


この世界がどんなものなのか、違う色で塗りつぶされていく。


「ん?」


明日はどうする。
と、一応来るかどうかの確認をした。もしなんかあった時助けに行けるだろうから。


「焦凍は来るよね?」
「ああ」


じゃあわたしもちゃんと登校するね。
そう言って笑う名が、隣の席でよかった。

最初の頃の人生論は、今現在と比べてどれ程変わっているだろうか。 



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