面倒な女



まだ薄暗い間に目が覚めた。近くにあった窓を見れば、薄い霧が出ている。
鳥のさえずりさえ無い間に起きたのは初めてではない。彼と朝を迎える時は、いつもそうだ。
上体を起こし、隣を見るとまだ静かな寝息をたてる人類最強がそこにいた。
いつもある眉間の皺が寝ている時だけは無くなる。そのせいか、普段より少し若く見えた。


『……さむ』


腰まで落ちた青白いシーツを見て全裸だったことを思い出し、私は自分の服を視線だけで探す。リヴァイが寝ている奥に白いブラウスが見えた。
どちらの物か分からなかったがとりあえず、何も着ないよりはマシだ。
そう思い、手を伸ばした時だった。


「…オイ」

『!?』


思わずブラウスに伸ばしていた手が止まる。
下を見ると、リヴァイがいつものように眉間に皺を寄せこちらを見ていた。


『び、びっくりした…いつ起きたの?』

「独り言がでけぇ」


自分では最小限に抑えた声のつもりだったのだが。
どうやら彼は五感の全てが人より敏感なようだ。
リヴァイは私が意図していたことが分かったらしく、ブラウスを乱暴に投げた。


『…痛い』

「さっさと着ろ」

『はいはい。…リヴァイ、まだ寝る?』

「……寝る」


今日は壁外調査の予定はない。一日中デスクワークと、先日の調査で命を絶った仲間の弔い。
だから急かす必要はないのだが、私は他の兵士達が目覚める前に自分の部屋に戻らなくてはならない。
天下の兵長様の部屋から女が、ましてや朝に出てくる所なんて見られたら大問題だ。

そこまで考えて、ふととある新兵に聞かれた疑問を思い出す。


『…そういえば』

「何だ」

『エレンに昨日、リヴァイとはどういう関係かと聞かれたわ』

「…ほう。それでお前は何と答えた?」


ベッドから降りて、自分の衣服を集める。後ろでスプリングの軋む音がした。
私はリヴァイには視線を向けず、そのまま答えた。


『恋人かって聞かれたから否定しておいた。関係なんて冷静に考えたこと無かったから』


いつの間にか側にいた。どちらともなく。
愛を囁き合ったわけでも、気持ちを確認したわけでもない。
そこに確かな温もりがあったから求めた。しかし誰でも良かった、というわけでもない。
どう説明すれば齢15の少年に理解してもらえるか、全く分からなかった。彼が生き残る術を身に付ける頃には分かるかもしれないが。


『ただの仲間ってわけじゃ勿論ないし…でもほら、"そういう"オトモダチっていうのは違うし…愛人とか?』


馬鹿言え、といつものセリフが返ってくると思った。
あははと笑いながら振り返ると、上体を起こし、とてつもない眼力で私を睨むリヴァイがそこにいた。


「………」

『………』


もしここにエレン達がいたら腰を抜かすレベルだ。
………見なかったことにしよう。
私は何も言わずリヴァイに背を向けて着替えることにした。
え、何なの。私何か言った…?


「…お前の頭が巨人並みに空っぽってことは良く分かった」

『はあ?何でそうなるのよ』


ちょっと聞き捨てならない。
確かに私は頭より体力が秀でているが、巨人は言い過ぎだろう。
そりゃエルヴィンやリヴァイには劣るが、一応分隊長なのだから機転は効く方だ。


「俺は何とも思ってねえ女を抱く程暇じゃねえ」

『…………え?』


下着を身につけていた手が止まる。
振り向くとやっぱり面倒くさそうな彼の顔。


「ただ欲を吐き出すだけの相手なら兵団お抱えの女で十分だ。後腐れもねぇしな」

『………』

「お前みたいな面倒な女を抱く意味を考えろ。その空っぽの頭でな」


チッと舌打ちをして、再びベッドに潜るリヴァイ。私はというと、リヴァイの先程の言葉を反芻した。
そして全てを理解した途端、状況の恥ずかしさに黙っていられなくなる。
うわ、何だこれ。どうしちゃったの私。…いや、私だけじゃないか。


『あ、あー、そうよね…じゃなきゃ私みたいな女相手にしないわよね…あは、あはは「笑うな、削ぐぞ」

『…ごめん。だってリヴァイ何も言わないんだもの…』

「いい歳こいて言葉で言えと?そんな青くせぇこと出来るか。察しろ」

『無理言わないでよ…』


ただでさえリヴァイは分かりにくいんだから、なんて言いながら。
笑ってしまう私はやっぱり相当面倒な女だ。