ご祝儀は300円
『銀時、私 結婚するの』
「は?」
久しぶりに道端で会って、お互い暇だからという理由で近くの居酒屋に入った。
彼は相変わらず死んだ魚のような目をしている。けれど私は、いざという時この目が輝くのを知っていた。
その目を微かに広げた銀時を見て、笑った。
『あはは、そんな驚くこと?』
「そりゃお前…結婚て…」
『さっきポストに招待状を出そうとしてたの。丁度会えて良かった。はいこれ』
「…………」
銀時は受け取った招待状を見ることなく懐に入れる。
そのまま洗濯機に回されないか不安だ。一応もう一通用意しておこう。
『あとは小太郎と辰馬と…晋助は…無理か』
「結婚ねえ…」
『あら、喜んでくれないの?』
「うれしーうれしー」
『棒読みしないでよ』
銀時はお猪口にはいった熱燗を飲みきる。
この人の介抱は面倒くさそうだと他人事のように思った。
「元彼に式に来いなんて、酷なことするぜ」
『何言ってるの、私をフったのはあんたでしょう』
嫌味ったらしく言ってやるとバツが悪そうな顔をした。
あれは攘夷戦争が終わって、私の奉公先が決まった時だった。攘夷浪士ということを隠すには、二人でいることは出来なかったのだ。
「何も、嫌いになって別れたわけじゃねぇさ」
知らないフリをした。彼が、私のためを思って去って行ったのを。
女としての人並みの幸せをと。口には出さないけれど、一緒に戦っていたのだ。それくらい分かる。
…肝心の彼は私の気持ちなんて、本当は何も分かっていなかったけれど。
『迎えに来てくれるつもりだった?…遅いのよ、馬鹿。だからいつまで経っても天パなんだわ』
「おいまさか、相手はサラサラストレート野郎じゃねぇだろうな。泣くよ?」
『ご心配なく。髪型で選んだわけじゃないから』
思い出す。ただ戦っていた日々を。いつ終わるかも分からない、戦いの日々。
小太郎は私達を同志だと言ってくれた。だけど本当は、誰一人同じものを志してなんていなかった。
小太郎は国のために、晋助は先生のために。辰馬は広い空を夢見て、銀時は、私、は──
『こんなこと、今だから言えるんだけど…』
「おー、言え言え。人妻になりゃ言いたいこと言えなくなるからな。姑の小言を聞く毎日だ」
『失礼ね。向こうのお義母さんはとてもいい人よ』
どうだか、と銀時は外人がよくするお手上げのポーズをした。
殴りそうになったが何とか抑えて、話を続けた。あの頃より、私もだいぶ丸くなったと思う。
『昔、みんなは他人のために戦ってた。小太郎も晋助も。…だけど私は私のために戦ってたの。ぶっちゃけ、私達が勝とうと天人達が勝とうとどちらでも良かった。
…早く終わるならどちらでも良かった。終わったら昔と同じように、先生とみんなと楽しくやっていけると思っていたから』
けれど違った。私が護りたかったものは何一つ、護り切れなかった。今でも覚えてる、先生の変わり果てた姿。
私達は戻ることなど、出来ないのだ。
『あの戦いで私が得たものなんて、犠牲に比べれば取るに足らないものよ。命を奪う術と、失う虚しさだけ』
「…らしくねぇ。一丁前にマリッジブルーですかコノヤロー」
『…そうかも』
久しぶりに飲んだお酒が思いの外きいてる。介抱が必要なのはこちらかもしれない。
お猪口の淵を指でなぞる。特に意味のない行動だが、気を紛らわせるにはちょうどいい。
『でも、彼のおかげで救われた』
「なんだ、次は惚気か?銀さん帰っていい?」
『私が護ったものってこれなのかなって思えたんだよね。彼ね、言ってくれたの。天人を斬ってた私の手に向かって"ありがとう"って』
「………」
『好きだって思ったわ。柄にもなくね』
「柄にもなく?馬鹿言え、てめえにはお似合いだ。せいぜい穴だらけの障子の家で幸せになれ」
『…銀時』
「あん?」
『…ありがとう』
私をあの時フってくれて。一瞬でも私の幸せを願ってくれて。
「で、」
『で?』
「何処の誰だよ、そいつ」
『………』
…男ってどうしてこう負けず嫌いなんだろう。
『…ヤクザ』
「ヤクザ!?」
『みたいな見た目。目つきが悪くて、瞳孔開きっ放しなんじゃないかってくらい』
「どんな趣味してんだよ」
『でも一応真選組よ?』
「あー、真選組…真選組!?」
何なの一体。
銀時の顔がみるみる引きつっていく。
「…花子ちゃんよォ、まさか、」
『でも根は優しくて仲間思いの人よ』
「いやいやいや!お前 一応元攘夷浪士!!」
『気にしちゃ負け。…そういえば、銀時に少し似てるかも。私って男のタイプはっきりしてるのかな』
「…マガジン派?」
『あ、前読んでるの見たことあるわ』
「マヨラー?」
は?マヨ?
私は銀時を見やって、首を傾げた。
『そういえば、上司が変な食の趣味だって言ってた』
「……あいつじゃないとすると…誰だ?」
『なんだ銀時、真選組に顔が利くの』
世間って狭いわねー、と笑う。だけど銀時は気が気でないようで。
慌てて初めに渡した招待状を出した。
しばらくして、それはヒラヒラと床へ落ちる。
…あ、目が死んでる。
「原田ァアアア!?!?」
まったく、楽しい結婚式になりそうだ。