連敗





「ハル、始業式 来なかったね」

『もしかして忘れてたりしないよね?おばさん、今家にいないんでしょ?』



高校生になって二回目の春。
短いようで長かった始業式を終えて、私は小学校からの友人である橘真琴と帰路を歩く。
暖かい風に混ざって少しだけ海の匂いがした。



「…可能性はあるかも」

『あーあ、真琴はいいな!また遙と同じクラスで!』

「あはは、花子は本当にハルが好きだなー」

『当たり前でしょ。小学生の時からずっと好きなんだから。真琴、変な虫が付かないように見張っててよね!』

「見張ってなくても大丈夫だと思うけど。相変わらず水以外に興味なさそうだし」



ならいいけど。と言いそうになってため息が出た。その"水好き"に私がどれだけ悩まされていることか。
遙は水以外は面倒くさがりだ。水が関係してないと動いてくれない。あ、あと鯖。



『年々、遙のスルースキルが上がってる気がする。この頃は告白しても"うるさい"の一点張りだもん』

「何連敗中だっけ?」

『……0勝32敗』

「…照れてるだけじゃない?」

『そのフォロー聞き飽きた!』



困ったように笑う真琴。
昔から変わらない優しさに更に涙が出そうになった。
私って本当情けない。高二にもなって好きな人一人 落とせないなんて。



「ちょっと引いてみれば?押してもダメなら引いてみろって言うし…ね?」





















ピンポーン



『…来ちゃった』



せっかくアドバイスしてくれた真琴に悪いと思いながらも、もう一度遙の家のインターホンを押した。



『押してもダメなら、か』



だってね真琴、一度引いたら、遙はきっと追い掛けて来てはくれない。
そうなったら、戻れなくなりそうで恐いの。多分、遙の中での私はまだまだ小っぽけなものだろう。
…なんてね。

返事がないので、裏の勝手口の方へ回る。予想通り鍵はかかっていなかった。



『お邪魔しまーす。遙ー?』



廊下を抜けて右手にある風呂場に入る。
脱いだ後の服を見て、やっぱりここだと思った。
磨りガラスの戸を開けると、同時に湯船から遙が頭を上げた。



『また水風呂入ってたの?風邪ひくよ?』

「…ひかない。勝手に入ってくるなよ」

『真琴なら怒らないくせに。だったら勝手口の鍵、閉めておいてよね』

「…………」



湯船から出て頭を振るう遙にバスタオルを渡した。
見慣れた競泳用の水着に複雑な気持ちになる。
遙は競泳をやめた。昔からフリーしか泳がないとは言っていたが、恐らく"あの日"から更にそれに固執するようになったと思う。
でも遙から泳ぐことを取ったらきっと死んでしまう。遙は水無しでは生きていけないのだ。
だからこうして夏が来るまでは水風呂に入ることが多い。心配する私と真琴はまるで無視だ。

適当に拭いてそのまま台所に向かう遙を追う。
あー、もう、ちゃんと拭かなきゃ本当に風邪ひくってば。



「何の用?」

『今日始業式だよ。知ってた?』

「休むって連絡した」

『あ、そうなんだ』



それだけか?と言いたげにこちらを見てくるので『会いたかったから』
と付け加える。
「うるさい」とまた言われてしまった。真琴、これは絶対照れ隠しじゃないよ。



『また鯖ー?』

「誰も食えとは言ってない」



水着のままのエプロン姿にはツッコミ疲れた。
ジュージューと鯖が焼かれるのを見つめる。そんなことを言いつつ、きちんと二匹分焼いてくれる遙が好きだ。



「これ食ったら帰れよ」

『えー、お母さんもお父さんも仕事で遅くなるんだって。夜までいていいでしょ?』

「…勝手にしろ」

『晩ご飯一緒に作ろうよ!』

「花子は下手だから嫌だ」

『大丈夫だって!』



昔 遙が言ってた、"早くただの人になりたい"と。
私は泳いでいる遙が好きだ。でも例え、今押入れの段ボールに入ってるトロフィーが無くても、私は遙を好きになったと思う。
速いから好きなんじゃない。泳いでいる遙がただ綺麗で。だからまたあんな遙が見れたらって。
こんな我が儘、口が裂けても言えないけれど。



『ただの人になっても、私は遙が好きだよ』

「…聞いてない」



33敗目。
明日にでも、記録更新を真琴に教えてあげよう。