駄目だこりゃ



前々からそんな気はしていた。彼は私が好きなんじゃないか、と。
これは自惚れでも何でもなく、彼のお付きの忍が言っていたことでもあるし、彼の上司にも冷やかされ、挙げ句の果てに東北の伊達男にもからかわれた結果 行き着いた結論である。
というか、彼自身 私が近付くと顔を赤くし触れると「破廉恥ぃいいい!!」と言って逃げる。何だそれ。私は痴女か。
決して恋愛経験が豊富と言えない私でも、あれはウブにも程があるんじゃないかと思う。いやほんとに。


「花子殿…!」


そんな彼に、私は今 押し倒されています。
例のごとく顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだ。私は恥ずかしさというより驚きの方が優っていて呆然としてしまった。


『な、何でしょう…』


何なんだ。
お風呂から帰ってきたところだからか いつもの軍服とは違い、赤い寝巻き(袴?)の幸村。
私は瞬きを数回繰り返す。


「そっ、そそそ某は…!」


大阪夏の陣と冬の陣って実は冬の陣の方が早いんだよなあ。なんてことを考えれらるくらいは冷静だ。うん、大丈夫だ私。
大の男に押し倒されて、これだけ冷静な女の子も少ないだろう。
だって幸村は私をどうこうするつもりはないと断言できる。何せ触れただけで逃げるような男だ。この体制から脱出するのは、私には容易い。

けれどそうしないのは…私も、彼に惹かれているからだ。
本当は早く言ってほしい。彼の心の内を。そうすれば私も同じ言葉を返せるのにこの熱血漢。
幸村が中々言わないから、私も意地張っちゃうんじゃないか。


『幸村…?』


どうしたの と言うように名前を呼ぶと、幸村は意を決したように私を見た。
今から戦でも始まるのかという真剣な眼差し。この時代にきてから、この眼を何回見たか。
しかしここが男の見せ所だよ真田源二郎幸村。さあ来い!私の心の準備はできています!


「…ひ、日頃からずっと申さねばと思っていたことがあるのだ…」

『……うん』

「言うには某はまだまだ未熟故、心の内に閉まっていた。せめて親方様の拳を受け止めることが出来てからにしようと…」


いや、いつまで待たせる気だ。
おばあちゃんになっちゃうよ それじゃ。あの拳はあの魔王にも受け止められなさそうだもん。


「しかし…この気持ちは、それまで留められそうにないのだ…」


眉間に皺を寄せ、苦しそうに顔を歪める。ぎゅう、と心臓が掴まれた気分だ。
……やっぱり、好き…なんだよなあ。


「花子殿、どうか許してくだされ。某は、その、」

『幸村…』

「その…其方と『待って』


あと少しというところでストップをかけた。
幸村はきょとん、としている。
…私は馬鹿だ。何に意地張ることがあるんだろう。
私のためにこんなに頑張ってくれてるのに。それだけで十分じゃないか。


『ごめん、私もだよ』

「?…それはどういう…」

『私もね、幸村と同じ気持ちなんだよ』


告げると幸村は目を丸くし、すぐに背景に花を咲かせた。
やっと、気持ちが通じた瞬間だ。


「ま、真か!」

『…うん』

「…そうか!やはり花子殿も彼処に目を付けておられたか!」


……ん?


「ではすぐに馬の準備をしなくでは!」


私の上から退いて、いつも以上にやる気に満ちている幸村。
何で今 馬…?


『ちょ、何処行くつもり!?』

「決まっているではないか!京へ向かうのだ!…?花子殿?」


京?京って何の話だ。


『…幸村、私に言いたかった事って…』

「京で美味だという甘味屋の噂を耳にしたので御一緒にと…」

『かんみや…』

「しかし既に知っておられたとは、さすが花子殿!この真田源二郎幸村、感服いたした!」

『………』


ガタガタッ


屋根裏で何処ぞの忍がずっこけた音がした。