clazy for



『まさか並盛中に来るなんて思わなかったわ』



ため息混じりに言うと、ハニーブラウンの瞳を細めて彼が笑う。
跳ね馬ディーノ。そんな異名を持つ彼は、なんと今日から中学の英語教師だ。



『どうして早く言わないのよ』



帰ってしばらくしてディーノが家に来た。気を遣って時間をずらして帰って来てくれたんだろう。
ネクタイを緩めるディーノはソファに座り、また笑った。



「すげぇサプライズだろ?」

『叫びそうになるくらいね』



職員会議で彼が紹介された時、本当に声を上げそうだった。
近々ネイティブの教師が配属されることは聞いていたが、よりによってディーノだなんて。



『ご飯食べて行く?ホテルのシェフのものじゃなくて悪いけど』

「花子の手料理はどんなシェフでも敵いっこないぜ」

『まったく…どうせ高いホテルに泊まってるんでしょう』

「さあ?そういうのは全部 ロマーリオ達に任せてる」

『人任せは駄目よボス…じゃなかった、ディーノ先生』



彼が家に来る前から下ごしらえしていたシチューに火をかける。
どう見ても一人暮らしの私には多い量。期待していた、なんて口が裂けても言わない。言えない。

さて食器を出そう、と火加減を見てから顔を上げると腰の辺りに柔らかい拘束。



『びっくりした…ディーノ、危ないから離れて』

「大丈夫、ひっくり返したりしねぇよ」

『貴方の場合 シャレにならないの。今日だって生徒から集めたプリント、廊下でぶちまけてたでしょ?』

「見てたのか…あれはたまたま廊下が滑りやすかったんだ」

『そうやって何でも物のせいにして、』



直接顔を見て文句言ってやろうと顔を右に向けると、思ったより近い端正な顔立ち。
思わず口を噤んだ。



「………」

『………』



ディーノが目を閉じたのを合図に、私は手で自分の口を抑える。
唇じゃない感触に、ディーノは不満げに眉をひそめた。



「……花子」

『もう少し我慢して』



ここで流されてはせっかく作ったシチューが台無しだ。
それは何としてでも避けたい。



「俺 結構 我慢してるぞ?今日だって学校で…」

『学校で…?』

「花子が"頑張って"って言ってくれただろ?」



確かに言った。
いくら沢田くんの兄貴分だとしても、一度にあんな大勢の子供を相手にするのは初めてのはずだ。
だから元気付ける意味を込めて周りに悟られないよう、小声で言った。



「その時、本当はこうして抱き締めてキスしたかった」



ちゅ、と頬にキスをされて目を細めた。
腰を拘束していた腕が離れる。




『…公私混同』

「はは、怒られてばっかだな」

『当たり前よ、新米先生。どうして急にこうなったかは知らないけど、仕事はきちんとしてもらうからね』

「リボーンに聞いてないのか?」



リボーン、というのは赤ん坊にして彼をボスに仕上げたヒットマン。所謂彼の師匠というところか。



『聞けないわよ。聞いたら心配しちゃうもの』



危ないことはしないで。なんて、マフィアのボスに言ったって意味がないのは分かっている。
苦笑して沸騰した鍋の火を止めた。



『ほら出来た。お客様は席に、』



着いて。

そう言おうとすると、一瞬触れた唇とわざとらしいリップ音。



「I'm crazy for you.」



発音の良すぎるそれは、日本語で言われるよりずっと熱を帯びていて。



…シチューはもうしばらく後でいいかもね。
そう気持ちを込めて、キスを返した。