元彼女2
「明日空いてる?空いてるなら久しぶりに二人で、どう?」
『結構です』
白昼堂々、ここが学校の保健室だということを忘れて肩を抱こうとしてくる水嶋をかわす。
明日…そう、明日は恋人たちのクリスマス。今日はイブなわけだが、残念ながら学校は開校日なためイブもくそもない。
ま、イブだろうがクリスマスだろうが、保険医教育実習中の私には関係ないんだけど。
「もしかしてもう相手がいた?」
『…あのね、私を誘うならあんたの彼女"たち"を誘えばいいでしょ?』
「僕は君を誘ってるんだ。花子」
『校内では先生を付けてくれる?あと名字にして』
「生徒はいないから大丈夫だよ」
『星月先生、こいつどうにかしてください』
「頼むから俺を巻き込むな」
助け船を求めると見捨てられた。
星月先生、お願いだから私は空気ですって顔しないでください。そして水嶋を追い返してください。
星月先生ははあ、と深いため息をして椅子から重い腰を上げた。
「郁、お前は仕事が残ってるんじゃないのか?直獅が探し回っていたぞ」
星月先生がそう言った瞬間、廊下から水嶋の名前を叫ぶ陽日先生の声が聞こえた。
その声を聞いて水嶋はわざとらしく肩をすくめる。
「じゃあ良い返事待ってるよ、花子"先生"」
だから名字で呼べって言ってるでしょ…!
そう思ったが、文句を言うとまた言い合いになりそうだったので黙って水嶋を見送った。
水嶋が去ってから例によって散らかった書類やらファイルをまとめていると、視線を感じた。
保健室には私と星月先生しかいない。不思議に思って星月先生の方を見る。目が合った。
『?…どうしたんですか?』
「人の好意は素直に受けたらどうだ?」
『は?好意?』
さっきの水嶋の誘いを好意というなら、それはとんだお間違いだ。幼馴染みの星月先生にだって、それは分かっているはずなのに。
『特定の子と過ごすと別の子達と面倒なことになるから言ってるだけですよ。私を誘えば水嶋が言わない限り彼女達には漏れないし』
「考えすぎじゃないのか?」
『本当にそう言いきれます?…逆に他の理由が見つかりませんよ』
「どうしてお前はそう難しく考えるんだ?」
『…だって、水嶋とクリスマスに一緒にいて何もない保証ないじゃないですか』
「………」
星月先生は納得したような、困ったような何とも言えない顔をした。
思わず苦笑する。
『いざそういう風になった時、拒める自信ないですもん。…あいつに振り回されるのはもうたくさん』
とん、と最後のファイルを戸棚に入れて手を払う。
『コーヒーでも淹れましょうか?まあ星月先生はベッドで寝転がってただけですけど』
「…頭が良すぎるっていうのも厄介だな」
返事の代わりにそんな言葉が聞こえたが、私は気付かないフリをしていつものカップを手に取った。