二面性
『あ!花子分かっちゃいました〜!』
「お、じゃあスペシャルゲストの花子ちゃん!答えをどうぞ!」
『犬も歩けば……喉が渇く!』
どっ、と起こる笑いは呆れが少し、馬鹿にしているものが半分。純粋に面白がっているのはごく僅か。
『棒に当たるに決まってんだろ』
先日撮影したクイズ番組のOAを楽屋で見ていたが、思わず液晶の中の自分にツッコミを入れてしまう。
いつからこうなってしまったのか。
事務所の社長に「ユーはおバカアイドルでいくデース!」なんて発言に言われるがままやってきたからだろうか。
私は数ヶ月前に事務所の先輩である月宮林檎の妹分としてデビューした。彼女、ではなく彼と事務所の力のおかげで今ではバラエティに歌番組にと引っ張りだこだ。
初めは歌を歌えるならどんなキャラにもなってやる!と意気込んでいたものの、中々キツい。これじゃおバカアイドルじゃなくて"大バカアイドル"だ。
だから私より先にデビューしていたHAYATOを見た時は一瞬で仲間だと思った。そしてその勘は当たり、トキヤと自分のキャラについて語り明かしたのはつい先日の話。
『…もうテレビ出たくない』
「あら〜、贅沢な悩みね〜」
『ゲッ!』
ダラダラとソファに寝転がっていると、姉貴分である林檎さんがノックもせず入ってきた。
さすがにノックはして欲しい。一応姉貴分となっているが林檎さんは正真正銘の男性だ。
彼には早乙女学園にいた頃、マスターコースでお世話になっているので長い付き合いだが、親しき仲にも礼儀ありだ。
「もう、何よその反応!プンプン!」
『ワーカワイー林檎オネエサンー』
「心がこもってなーい」
ソファから起き上がると、林檎さんは隣に座った。
「悩みがあるなら聞くわよ〜?」
『大バカアイドル辞めたい』
「あらどうして?可愛いじゃない」
『どこが!?私は円周率を延々と並べるだけの歌を歌うためにアイドルになったんじゃないですよ!?』
「ぶっ、何それそんな歌あったの!?アタシ買っちゃう!」
『駄目だこの人楽しんでる』
はあ、と深いため息をついた。
大体、この事務所のアイドル達はキャラが濃すぎるのだ。
目の前の女装アイドル、おはやっほー、伯爵、ロック、ミステリアス…普通なのは龍也さんくらいか。
そういえば、早乙女学園からももうすぐアイドルグループがデビューすると聞いている。せめてその子達だけでもマトモでありますように。
『林檎さんはそのキャラで不便だって思ったことはないんですか?』
「うーん、そうねぇ」
人差し指を顎に添えて考える。
成り切ってるなあ…どう見ても女の子にしか見えない。
実はキャラじゃなくて本当にそっち気があるんじゃないかな。龍也さんと出来てるのではないか、と陰で噂されているのを私は知ってたりする。
「まあいくつかあるけど、得することの方が多いのよ〜」
『例えば?』
「例えば可愛い服着れるしー、みんな優しくしてくれるしー」
月宮林檎オネエ説がいよいよ現実味を帯びてきた。
これは社長に知らせた方がいいんじゃ、
「下心ありありで楽屋に行っても素直に入れてくれるし?」
え?
咄嗟に林檎さんの方へ振り向くと、顎を取られた。少し上を向かされて、薄い、水色の目と視線が絡む。
顔が、近い。
「もし俺が女装してなかったら、売り出し中のアイドルと用事もない先輩アイドルが楽屋で二人っきりなんて、大問題だよ?」
下心?…というか、声もなんかいつもと違、
「ふふ、顔が赤いね。かーわい」
『う、あ、あの、林檎さ、』
コンコン、とドアがノックされた。
スタッフが出番を告げにきたのだろう。
林檎さんは「あら残念」と何も無かったように私から離れて楽屋のドアを開けた。
「!…あ、月宮さん、いらっしゃったんですか」
「ええ、妹分がこの番組に出るっていうから喝を入れにきたのよ〜」
スタッフとは顔見知りらしい。
林檎さんは一言二言話して、頑張って!と手を降って出て行った。
「いやあ、さすが同じ事務所なだけあって仲が良いんですね」
今のは何だったのか。
一瞬、ほんの一瞬。林檎さんがものすごく男に見えた気が…
「…花子さん?」
『!…あ、はい!出番でしたよね!すぐ行きま〜す!』
林檎さんの発言の意図も、さっきからうるさい心臓も。
馬鹿な私にはまだ分かりそうもない。