馬と鹿




父にいきなり見合いをしろと言われた。相手はなんとあの聖川財閥の御曹司。
確かに私の家は裕福だ。成金とかではなく昔から都会に土地を持っていたし、父は大手企業の重役。
私は何不自由なく生きてきた。学校は幼稚園から大学までエスカレーター式…まあ知名度はあの早乙女学園に劣るものの、なかなか有名なお嬢様学校に通っている。

そんな私が普通の恋愛結婚ができるなんて思ってはいなかった。なんとなくだが、見合いだろうな〜ということは中学生の頃に気づいていた。

…が、まさかこんなに早いなんて。
父には文句を言ったものの、何せ聖川財閥からの縁談だ。父が引き下がるわけがない。
とりあえず会うだけ会う。その条件で私は見合いをOKした。



『聖川財閥ねえ…どうせ色白の太ったボンボンに決まってるって!アハハハ!』



なーんて友達と笑っていた私を誰か殴ってほしい。



『…………』

「…………」



ししおどしの音が響く中、私の前にいるのは美青年を絵に描いたような男だった。
いやこれ絵に描いたようなっていうかまんまだ。まんま美青年だ。
想像と真逆なんですけど。
お互い父親は少し話して相手の子供を褒め、「じゃあ後は若い者に任せて…」なんてありがちな理由で部屋を出た。
襖を閉める時、父に「お前絶対しくじるなよ」的な視線をされた。殴りたい。
しかしまあ多少の礼儀作法は学んでいるから大丈夫だとは思うけど。



『…すみません。父ったら張り切ってしまって』

「いや、元はと言えばこちらが持ちかけた縁談だ。気にするな」



歳のわりに物言いがはっきりしている。
さすが聖川…



『過保護なんですよ。子供が私一人だから』

「そうなのか。俺は妹がいる」

『妹かぁ…羨ましいです』

「俺は普段は寮にいて、中々会えないが…」

『寮のある学校に通っているんですか?』

「ああ……早乙女学園だ」



さ、早乙女!?早乙女ってあの早乙女学園!?マジで?!
倍率200倍ですよ!?



『へえ!すごいですね、さすがです。…ということは音楽がお好きなんですか?』

「ピアノは得意な方だ。…だが…その、」



聖川さんは言い難そうに続けた。



「………アイドルを、目指している」



アイドル…?え?財閥の長男がアイドル?
そんなことがチラッと頭を過ったが、黙ったままだと失礼だ。



『アイドルですか。確かに聖川さん、綺麗な顔立ちですし声も素敵ですしぴったりですね』

「綺麗、というのは男に使う形容詞ではない」



とか言いながらやっぱり綺麗な藍色の髪をゆらす。
うん、やっぱりかっこいいというより、綺麗という言葉が合う。



「……そういうのは嫌いだろうか」

『え?』

「もちろん、聖川の長男ということは忘れたわけじゃない。家に恥ぬよう、長男としてしっかり役目を果たしてみせる」



待て待て。いきなり何の話?



「家を継ぎ、アイドルにもなる。そんな俺を、男らしくないと…中途半端な奴だと思うか?」



別にアイドルに偏見はない。実際、アイドルのHAYATOは好きな方だし。世界が違うとは思うが。
だけど、聖川さんの目はあまりに私を真っ直ぐ見ていて。



『まさか。むしろ男らしいと思いますよ。夢を諦めて後悔するより、たとえ無理かもしれなくても、少しの可能性があるならそれにしがみ付いてる方がずっと良いです』



ぶっちゃけ、お世辞も含んだ発言だった。
アイドルになりたいのは本心だろう。しかし例え倍率200倍の学校に入学しても、売れて有名になれるのは一握り(だと思う)。
夢を追いかけて頑張って、なんて他人だから言えることなのだ。家族や恋人 相手なら跡継ぎとして現実を見ろと思う。
そんな考えを知るはずもなく、聖川さんは私の言葉を聞いて少し驚いたようだった。



「なるからにはトップアイドルになる。花子、」

『はい?』



つーかいきなり名前…?



「俺を隣で支えてほしい」

『あー、………はあ!?』

「花子ために、俺のために、俺は夢を叶える。それを一番近くで見ていて欲しい」



……この人は馬鹿か?
何プロポーズみたいなことしてんの?ってか今日会ったばっかだし、まだ1時間も経ってませんけど?



『いやあの、さっき言ったのはお世辞もあるっていうか、私 支えるとか出来ないし…』

「心配するな。隣にいてくれるだけでいい。それだけで十分だ」



馬鹿だ!この人馬鹿だ!



「これからよろしく頼む、花子」



色んな思いが渦巻く中、父親がガッツポーズする姿が頭に浮かんだ。