眉目妖艶
『太った…』
とある宿の一室。
薬売りさんがごりごりと鉢で薬を作っている端で、思わず口に出した。
「…何事で?」
『だから、太ったんですよ』
少し。いや、かなり。
この江戸時代(推定)にタイムスリップしてからというもの、不便なことは多々あった。
それは服装だったり、金銭面だったり、治安面だったり。多種多様。
しかし食に関してはまったく問題無く、宿で出してくれるご飯は美味しくて、確かによく食べていたように思う。
しかも旅の途中でも茶屋で団子を食べることもあった。
この時代には計りはあっても体重計が無い。だから気にしてもいなかったのだが。
薬売りさんは私の発言に はて、と首を傾げた。
「そうは、見えやせんが、」
『いやいやいや、だって見てくださいよコレ』
この時代に来て、現代の服装では目立つからと薬売りさんが用意してくれた着物。
さっきたまたまそれを脱いで、久しぶりに自分の服を着てみた。そこに大した意味はなく、ほんの暇潰しのつもりだったのに。
『スカートがキツい…前までは余裕あったのに』
「…すかあと…とは、その着物のことですか」
『はい』
溜め息を着いて腰回りや二の腕を見ていると、ふと影が落ちる。
驚いて顔を上げると、何時の間にか目の前にいた薬売りさん。
あまりの近さに少し後退る。
『あ、あの…』
薬売りさんは黙って綺麗な女子顔負けの手で私の腰辺りに触れた。
そして優しく撫でる。
ええええ!?何!?何事!?
普段なら悲鳴ものだが、薬売りさんには厭らしさは一切無く、医者のそれに似ていた。
「やはり、あまり変わらないよう、ですぜ」
『さ、触っただけで分かるんですか?』
「花子さんは、元が華奢なので」
気にすることはない。と一言。
私の質問はスルーなのですね。
『でもやっぱり太りましたよ。ご飯減らしてもらおうかな…』
「それは、残念」
『え?』
「あんたが、美味い美味いと食べる姿が好きなもんで、ね」
口角を上げた薬売りさんがあまりに綺麗で。
私はしばらく目を離すことが出来なかった。