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広間に向かうと、アブマドが座る玉座の正面に昨日紅玉ちゃんが連れていた三人の男がいた。隣には銀行屋もいる。
煙が風に流れ、次第に視界がクリアになっていく。



『…!?』



最初に目に入った赤。倒れている兵士達。大理石の床がこれでもかというくらい凹んでいた。

…これは、何のスプラッタ映画だ。
しばらく黙って見ているだけしか出来なかったが、倒れている兵士の中に、見覚えのある服がある。
私が今着ているものとお揃いのそれ。恐らく、この宮殿内で私以外に一人しか着ていないもの。



『ターニヤさん!!!』



慌てて駆け寄る。
ピチャ、と足元で血がはねた。でもそんなことを気にしてる場合じゃない。
しゃがんでうつ伏せになっているターニヤさんを仰向ける。



『ターニヤさん!!』



反応はない。手を握っても、だらんと力無く下へ落ちた。
手先が、ありえないくらい冷たい。



「その女が急に飛び出して来たんでし。まったく、迷惑な女でし」



アブマドが心底面倒くさそうに言い捨てる。



「結婚の約束をしているんです。彼は王宮に仕える兵士で…」



うつ伏せで、何かを庇うように倒れていた彼女。彼女の下にいるのは男の兵士だ。
昨日紅玉ちゃんが連れていた男の中にいた、血のついた剣を持っている奴が目に入る。

さっき起こっていた出来事が、安易に想像できた。



「お前達、何やってるでし。早くこれを片付けるでし」



ターニヤさんを支えた腕が震える。
呼吸が、意識が、定まらない。
どうして。その言葉が、脳内に木霊する。

どうして。
どうして彼女達が傷付くの。
なんで、どうして、



だって彼女は、ただこの国を思っていただけなのに。



近くにいた兵士が片付けようと、倒れている兵士に無遠慮に触れようとした。
私にはそれが、どうしても許せない。



『触るな!!』



バチバチッ

兵士との間に小さい電気が火花を散らす。今なら分かる。私のルフ達は私の意思と同調しているのだ。
私はターニヤさんをゆっくり床へ下ろす。



『…っざけんな』

「…? 何をしておる。余の命令が聞こえぬか?」

「し、しかし…」



戸惑う兵士達の思いは玉座に座るあいつには届かない。立ち上がってアブマドと男達を見る。
風が、私の周りに渦を巻くようにして吹きはじめた。



『ふざけんな!!!』



広間に反響する声。
アブマドは一瞬肩を震わせたが、それだけだった。



『何でターニヤさんがあんた達の犠牲にならなきゃいけないわけ。そんな、どうでもいい私利私欲に、何でみんなを巻き込むの』

「き、貴様のような下女に何が分かるんでし!」



最早 声は耳に入ってこない。
混乱、恐怖、怒り、全部が混ざってごちゃごちゃだ。こんな気持ちは、初めてだった。
でもこの憤りは、何処かで感じたことがある気がする。



『理不尽な暴力で奪って、壊して、傷付ける…何が王だ!ふざけんな!!お前に、お前なんか"王の器"じゃない!!』



"王の器"。
自分で言って、それが何なのか私にも分からない。
でも確かに分かることがある。アブマドだけは、絶対に許せない。



「っ、銀行屋!この女を始末せい!」

「…おや、よろしいので?彼女はシンドバッド王から預かった客人では?」

「構わん!その女は反逆者でし!今すぐ処刑せよ!」



アブマドが怒鳴る。
銀行屋は私を見て、微かに笑った。



「……閻技」

「はっ」



男が一歩前へ出て、剣を構えた。

大丈夫、何とかなる。
根拠の無い自信だけが私を突き動かしていた。



ピィイイ



私の心の声に答えるように、ルフ達が羽ばたく。
どうすればいいか、なんて本能的に知っていた。

風がさっきより強くなった。金色のルフが私の周りに集まりだす。



許さない
簡単だ


絶対に
奪えばいい


俺が、
私が、


皆殺しにしてやる。
やるしかないんだ。




頭の中で、別の声が反響する。聞き覚えのあるその声に、従うように身体が動く。

手を、男に向けてかざした。



その瞬間、



「アブマド────ッ!!!
お前と話をつけに来た。今すぐここへ降りてこい!!」

『! アリババくん…?』



我に返って手を下ろした。
前にいた男も剣を下ろし、銀行屋は王宮のバルコニーから下を見下ろす。

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