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ノックを数回して、朝食を持って来たことを伝えると「入って」という返事がした。
重厚なドアを開けると、これまた豪華な椅子に座る紅玉様がいた。今はあの変な(眼鏡みたいな)刺青の従者はいないらしい。
「あら、貴女だったのぉ?」
『…昨日は申し訳ありません。つい取り乱してしまって』
一応形だけでも謝って置こう。
朝食を並べながら謝る。テーブルの近くにある椅子に座り直す紅玉様。
廊下で会った時は気づかなかったけど、かなり若い。
きっと私より年下だ。女子高生くらい?
「…貴女、名前は?」
『リホと申します』
「年はいくつなの?」
『…二十歳です』
「………そう、意外と近いのね」
…ん?近い?近いって何とだろ。紅玉様の年と?
気のせいか、朝食に手を付ける紅玉様がそわそわしてるように見える。いやほんと気のせいかもだけど。
『…そ、それでは失礼しま「もう行くの?」
『え?』
驚いて紅玉様を見る。紅玉様も紅玉様で自分の発言に驚いて口に手を当てていた。
そわそわは気のせいじゃなかったみたいだ。同年代…というには微妙だけど所謂女の勘というやつだろうか。
もしかしてこの人…
『寂しい…とか?』
「…っな、ななな何よ!悪いのかしら!?見知らぬ国に来て喋り相手もいないのよ!?」
顔を真っ赤にして捲し立てる。彼女には悪いが少し可愛いと思ってしまった。
否定をしないあたり、相当寂しいんだろう。
『…ここに座っても?』
「!…よくってよ」
ごめんなさい、ターニヤさん。と心で謝ってから紅玉様から少し離れた椅子に腰掛けた。
そりゃあ心細いよね。その年で政略結婚なんて。
しかも顔も見たことない人と…私の世界の政略結婚よりタチが悪い。
「…リホは結婚しているの?」
『え!?いやいやそんな…してないですよ!』
「そう。普通はまだしないのね」
『まあ…多分?』
"普通"と言われても私はこの世界の"普通"がよく分からなかった。大体この世界自体が私の常識の範疇を超えている。
もう慣れたけど。我ながら順応性に優れていると思う。
もしかしたらこの世界で私の年で結婚しないのは生き遅れってやつなのかな?だとしたらかなりショックだ。
「私(わたくし)にはお姉様がたくさんいるけれど、皆 私より若くして嫁いでいったわ。だから私は安心していたの。武の道を歩めると」
もしかして、この子…結婚にあまり乗り気じゃない?いやむしろ したくないんじゃないの?
だとすれば、そこに付け込めばなんとかなるかもしれない!
「ねえ、恋とは何かしら?」
『はっ?』
予想外の質問に変な声が出た。
……恋とは何かしら??
『今なんて言いました?』
聞こえていたけど聞き返した。
ものすごい難しい質問だぞ 今のは。
私が聞きたいくらいだよ。
「私、恋をしたことがないの。貴女はあるのでしょう?」
『そりゃあ…人並みには』
私は好きな人がいた頃の感情を必死に思い出した。
あと、今までに読んだ少女漫画のことも。
『相手を見るとドキドキしたり幸せな気分になったり…あとは…暇さえあればその人のことを考えてる…とか?』
何を言ってるんだろう私は。何だか恥ずかしい。
居心地が悪くなって目を反らす。
すると「…そう、じゃあやっぱりこれは…」と紅玉様が呟く。
え?と思って紅玉様を見ると、頬が微かに赤い。
も、ももももしかして!
『恋をしてるんですか?』
「な、何を言っているの!?」
『え、だって今…』
「そんなわけないわ!…私にはそんなもの無駄だもの。明日バルバッド(ここ)の国王と結婚するのよ?」
いつのまにか話題がいい方向へいっていた。
よし!結果オーライ私!
『嫌なら辞めればいいじゃないですか』
好きでもない人と結婚なんて変ですよ、と付け加える。
紅玉様はため息をついた。
「そんなことできるわけないでしょう?お父様の…煌帝国国王 直々の命なのよ?私に、公私混同は許されないわ」
『…………』
私に説明するというより、自分に言い聞かせるような言い方だ。
少し後悔した。簡単に、辞めればいいなんて言うんじゃなかった。
彼女は、小さい身体に似合わない大きなものを背負っている。
…駄目だ。紅玉様は何も無ければきっとこのまま結婚してしまうだろう。
「…バルバッド国王ってどんな方かしら。素敵な方ならいいけれど」
知らぬが仏とはまさにこのことだ。
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