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「おお、戻ったか"銀行屋"」

「ハイ、アブマド国王様」


男の登場に、アブマドは少し機嫌が戻ったようだった。



「バルバッドは相変わらず蒸しますね。参ってしまいますよ。……おや?先客が?」



銀行屋は私達に気付いたらしく、くるりと向き直った。



「そちらは、来訪中のシンドリア国王殿だ、挨拶せい銀行屋」

「ハイ」



ぐい、と布を捲って顔を合わせる。左右不平等な目が何とも言えない不気味さを表していた。
しかし表情はにこやかで、シンドバッドさんに手を差し出す。



「初めまして!シンドリア国王様!私(わたくし)、"銀行屋"のマルッキオと申します!
現在、仕事でバルバッドの財政の顧問を請け負っております。どうぞお見知り置きを!」

「初めまして、シンドリア国王シンドバッドです。よろしく!」

「ええ、ええ、こちらこそ!!」



銀行屋はガシッとシンドバッドさんの手を両手で握った。
シンドバッドさんを一通り褒めた後、私を見る。



「……おや、そちらのお嬢さんは?」

「私の従者です。リホ、挨拶を」

『あ、リホです』

「リホ様!よろしくお願いします」



シンドバッドさんと同じように手を出されて、握り返そうと銀行屋の手に触れた。
瞬間、



ピィイイ!!

バチバチッ!



『…っ!?』

「…!」



私のルフが騒ぎ、手に静電気のような痛みが襲う。
驚いて反射的に手を引いた。



「リホ?」

『す、すいません…なんか今…』



静電気?…それにしては不自然なような…
自分の手を眺めていると、背後からざわめきが聞こえた。



「あー、もうどけって!なんなんだよ、今日のうぜぇ人ごみはよ──…あっ!?」



シンドバッドさんが振り向いて、動きを止めた。私も同じ方を向いて声の主を見た。



「あ!"バカ殿"じゃん!」



一言で表すなら"黒"。
真っ黒な長髪を一つに結び、金色の首輪と腕輪をした青年。
そして何より、彼の周りにいるルフが、今まで見たことのない黒い色だった。



「お前なんでここにいんだよ〜!?」

「知り合いでしか?ジュダル殿」

「まぁな!」



アブマドの質問を適当に流す。ズカズカとシンドバッドさんに近づき、肩に腕を置いた。
ケラケラと笑う彼とは真逆で、シンドバッドさんはどこか不服そうだ。



「こいつってさ〜 いつも俺の邪魔しに現れんだよねー」

『知り合い…ですか?』

「…知り合いって程じゃない」

『…はあ』



黒いルフの彼と目があった。けれどたいして反応はせず、彼はシンドバッドさんから離れて行く。



「ああ、紹介するでしシンドバッドおじさん。こちらは、煌帝国の"神官"である、ジュダル殿でし」



こうていこく…?
その名前を聞いて、シンドバッドさんの表情が更に険しくなった。



「そ、俺 今 煌帝国で"神官"の仕事やってんの!今日だってそのお勤めで来てんだぜ?」



自慢気に話す彼。銀行屋とも親しげに話す。
神官っていったら結構偉い方だよね?この人…そんな風には見えないけど…
っていうか、その煌帝国のお偉いさんがどうしてバルバッドに…



「ハァ…悪いけどおじさん…もう帰ってほしいでし。変な噂で騒ぎを起こしたことはもういいでし。僕は忙しいんでし」

「待て。話は終わってないだろう」



そうだそうだ!アリババくんの話だってまだ終わってないんだからな!



「何のことでしか?…ああ、シンドリアとの貿易再開の約束のことでしか?」



そう!貿易再開の…
って ええ!?何それ!そんな話あったの!?



「悪いけど 実は、その約束は守れないんでし」

「どういうことだ?」

「なぜなら、バルバッドの貿易権限はすべて…煌帝国に渡すことにしたからでし!」

「……!?」

「煌帝国が貿易を許可しない国とは貿易できないんでし」



黙ってて悪かったでし。と付け加えるアブマド。
いや、悪かったでし。…じゃねぇだろ!!
え?何?じゃあ貿易についての権限はぜーんぶその煌帝国のものになっちゃったわけ?輸入も輸出も全部?
それってつまり…



「アブマド…煌帝国の支配国になるつもりか?」

「支配されるわけじゃないでし。これは"銀行屋"が提案した、バルバッドの経済回復のための政策なんでし!」

「そうです!国と国の平和的な経済の橋渡し!それが私達"銀行屋"の仕事!」




そんなことしたら本当に全部煌帝国の言いなりじゃん。銀行屋は煌帝国の神官と顔見知りっぽいし、絶対 煌帝国側が有利になるように財政を進めてる。
そんなこと、少し考えれば分かることだ。



「そうだ!あなたも国王様なのでしたらどうです?私達に全てをお任せしてみませんか?」



ぞくり、と悪寒がする。
よくわからないけど…怖いような…いや、気味が悪い…?



「ちょっと待てよ。俺の話は終わってねーぞ!国王として、約束しろよ。
苦しんでる人達を絶対に守ると…今、ここで約束しろよ!!」

「…………」



黙っていたアリババくんが再び声を荒げる。
アブマドはあくびを一度して、うっとおしそうに口を開いた。



「おじさん、早くそれをつまみ出すでし。スラムのゴミの言葉など、僕にはわからないでし」

「…!」



ガッとアリババくんがアブマドに近づこうとしたが、兵士に取り押さえられていたため叶わなかった。
シンドバッドさんが落ち着かせようとアリババくんに声をかける。


「やめろ、アリババ君!一旦引くんだ!」

「アブマド!話を聞けよ!!俺たちとお前に、何の違いもねぇ!
話を聞けよ!!!畜生───ッ!!!」



叫ぶアリババくんを、兵士は王宮の外に引きずり出す。
私もそれに着いて行こうとした時、シンドバッドさんに腕を掴まれた。



『シンドバッドさん?』

「君にはまだ用事があるだろう」



用事…もしかして、此処で働くって言ってたこと?



『そ、そんなこと言っている場合ですか!?アリババくんが!』



大体こんな所で働くなんて絶対嫌だ!
いくら住み込みでもあの王様の下では働きたくない!!



「リホ」

『…………』



まただ。
この人の、有無を言わせない圧力は一体何なんだろう。
私はアリババくんを気にしながら、大人しく従う。



「アブマド、彼女の件は考えてくれたか?」

「ああ、下女の話でしか?貿易をしない代わりでし。その女、引き取ってもいいでし」

「…そうか。良かったな、リホ」



良くない。
まったくもって良くない。むしろ最悪だ。

シンドバッドさんとアブマドが話し合った結果、私はこのまま王宮に残ることになった。
ど、どうしよう…本当に嫌なんだけど…なんて、言えるはずもなく。
とりあえず、シンドバッドさんを王宮の外まで見送る。



『あの、シンドバッドさん』

「どうした?」

『これからどうするんですか?国を変えるにも、あの王様じゃ…』

「…ああ、この国はもう駄目かもしれないな」



弱気な発言に、シンドバッドさんを見上げた。



「アブマドが言っていた煌帝国は、最近勢力を伸ばしてきた国でね。支配国を莫大に広げ、近年稀に見る帝国になった。その侵略の矛先が今、バルバッドに向いているんだ」

『…何とかならないんですか?』

「何とかするさ。そのために君を王宮に入れたんだ」



は?
初耳過ぎる発言に、目が点になった。
どういうこと?つまりそれは私に…



『スパイになれ…と?』

「そんな大袈裟なものじゃない。ただ、これから王宮内で奴らが不審な動きをしたら伝えて欲しい」

『まんまスパイじゃないですか それ!』



何それ何それ!!聞いてないんだけど!
相談無しに何重要なこと決めてんの!?



「あのマルッキオという銀行屋とジュダルには注意してくれ。特にジュダルは…あまり関わらないことだ」

『そっ、』



そんなこと言われても!!
混乱する私を無視して、シンドバッドさんは王宮を出て行ってしまった。

な、なんて無責任なんだ!!

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