「しかし…タクシーも大変ですよね。変な客もいるでしょう」



朧車さんに問いかけながら、鬼灯さんは金魚草巾着を開ける。
ちょ、私が買った団子なのに何勝手に開けてるんだ!



「え?ああまあ…困ったお客様はどこにでもいますよねえ」

『客の良し悪し関しては現世も地獄も変わらないんですね』

「酔っ払って吐いたりとか…」

「ハハハッ、そんなのしょっ中ですよ〜。鬼さんは酒好きですしねぇ」



へえ、そうなんだ。
じゃあ鬼灯さんもお酒好きなのかな。飲んでるところ見たことないけど。
でも強そうだしなー。



「あっ そうそう、怖い話があるんですよ〜」

「怖い話?」

『えっ!やめてくださいよ!私そういう幽霊とか駄目なんです!』

「現在進行形で幽霊の貴女に言われても」



説得力がありません。と返されて、そういえば と納得。
私死んでるんだっけ。だけど死んだっていっても、意識はちゃんとある。
痛覚もあるし、食欲もある。生きている頃と私自身はあまり変わっていない。
前に鬼灯さんに「死んでるのにどうして痛覚があるんですか」と質問したことがある。
鬼灯さんは「亡者に痛覚が無ければ拷問の意味が無いじゃないですか。馬鹿ですか」とさも当たり前のように言った。
その時は馬鹿は余計でしょ!と言い返したが、そりゃそうかと思った。
確かに、不喜処で見る亡者達が動物に噛まれた部分は何時の間にか治っている。

死ぬほど辛いのに死ねない…それが地獄というもの。
鬼灯さんが亡者のお尻を金棒で叩きながら言ったそのセリフは今でも鮮明に思い出せる。
私、本当に地獄行きじゃなくて良かった。心からの安堵だ。



「───さん、里穂さん」

『!…は、はい!』

「ぼーっとして…どうしたんです?」

「ねっ 怖いでしょ。ちょっと里穂様を怖がらせすぎましたかねえ?」

「さっさと食べないと無くなりますよ」


ぜ、全然 話聞いてなかった…
団子を頬張る鬼灯さんに私も慌てて団子を食べた。
だいぶ減ってる!奢るどころか割り勘でも割に合わねー!



「臨死体験は結構しょっ中ありますから…」

「でも"あっ、あいつ生きてたんだ"って思うとゾッとしますって〜」

『へぇー』



何の話か全然分からなかったけど適当に合わせた。
ごめんね、朧車さん。



「怪談かァ…そう呼ばれたこともあったねえ…」



急に四人目の声が聞こえてきて、辺りを見渡す。
少し低めだが女の人の声だ。



「アタシさ、アタシ」

「……ああ」

『ぎゃぁああああ!!』



正面にあった提灯がくるりとひっくり返って、顔が出てきた。
鬼灯さんは普通に受け入れているが、私はそうもいかない。
せめて出てくる時は一声かけてくれ!「今から出るよ」とか!



「普通 提灯お化けは無口だからねェ。でもアタシは特別なのさ」

『と、特別?』

「アタシは提灯於岩ってもんさ。今でこそタクシーの明かりだけどねェ、昔ァ別嬪だったンだよォ」



於岩…於岩ってあの四谷怪談の?
詳しくは知らないけど、少しくらいはわかる。
自分の夫に殺されてしまった女の人の話だ。



「アンタァ見てたらかつての夫を思い出したのさ。アレも顔は涼しい男だったねェ」



鬼灯さんを見ながら於岩さんが懐かしむ。
へえ、旦那さんはイケメンだったんだ。



「ああ…懐かしいねェ…呪った日々がさァ」

『ええ!?旦那さん呪ったんですか!?』

「愛しさあまって憎さ何とやらって言うさね。
…朧車の旦那よォ 少しシンミリしちまった。ルビー色の湖でもながめたいねえ」

『血の池に連れて行くつもりだ!』

「いやそれよりさっさと閻魔殿まで行ってください」

「その話ァ聞く度に泣けるぜ…いいよ於岩…行こうぜ池まで」

「イヤ だから何二人して料金(メーター)上げようとしてるんですか」



簾をめくって朧車さんに文句を言う。



『そうですよ!それこそ公費の無駄遣いです!』

「あまり料金が上がると里穂さんが払い切れません」

『これも私が払うの!?』



新事実発覚なんですけど!
公費って何のためにあるんだけ!?


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