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『どうぞ お入りください!』

「お邪魔します」



今日は待ちに待った黒子くんとの勉強会in我が家。
昨日必死で掃除した家に黒子くんを招き入れ、部屋へ案内する。



「ご両親は…」

『あ、言ってなかったっけ?うち共働きなんだー。夜まで帰って来ないの』



だから気を遣わなくていいよ、と言うと黒子くんは少し驚いた顔をした。しかしそんなこと気にしてられない。
今日こそ、あの作戦を決行する時…!!そう、あの火神くんからのアドバイスを…!!



『ちょっと待っててね。着替えるから!』

「はい」



部屋の前で少し待ってもらって、この日のために準備した服に着替える。
フワフワのミニスカートと、いつもより少し襟の開いたトップス。姿見を見て、普段では絶対着ない丈に後悔が押し寄せる。
こんなの他の部員に見られたら私は…
…いや、負けるな里穂!これで黒子くんがもっと見てくれるなら私は…!



『お、お待たせ!どうぞ〜』

「はい」



帰りにテイクアウトしたマジバのバニラシェイクを出して、テーブルに置いた。
黒子くんは落ち着かないようで、きょろきょろと辺りを見渡す。
その姿が可愛いくて、思わず笑ってしまう。



「…何が可笑しいんですか?」

『え?いや何も?』



素直に言ってしまうと機嫌を損ねてしまうかもしれない。今から教えてもらう立場として、それは避けたい。



『じゃあ 始めよっか!』

「はい」










一時間後










『ふー、ちょっと休憩〜』

「そうですね」



って、
何真面目に勉強してんのよ私…!!
一時間も経ってるのに何もできてないじゃん!いや勉強は出来てるけど!!
我ながら自分の馬鹿さ加減にうんざりする。

黒子くんは教科書を閉じて、後ろの本棚を眺めていた。



『あはは、あんまり黒子くんが好きそうな本は無いよー』

「………….」

『…黒子くん?』



名前を呼ぶと、里穂さん と黒子くんが私の名前で返す。



「里穂さんも、こういう雑誌読むんですね」



本棚からファッション雑誌を取り出して言った。
意外そうな発言に少しショックを受ける。
そりゃ私だって女の子だし雑誌くらい買うよ…
リコ達といい、私ってそんなにオシャレに興味ないように見えるのかな…



「?…この付箋は『だぁああああ!!!』



テーブルから身を乗り出してページをめくろうとした手を止めた。
バニラシェイクのカップが倒れたが、中身は既に空だ。



『だめだめだめ!見ないで!』

「そう言われると見たくなります」

『だめだって!』



急いで黒子くんの方に回って雑誌を取り上げようとする。が、黒子くんは放してくれない。
だけどここで折れるわけにはいかない。
何てったってその付箋が貼ってあるページは"これで彼もイチコロ!"みたいな特集が組まれている部分だ。もちろん今日の私の服装も少なからずその影響を受けているわけで。
他の人はともかくとして黒子くんだけには見られるわけにはいかないのである。



「気になります」

『いやほんと!たいしたことは書いてないから!』



ぐぐぐ、と雑誌をお互い引っ張り合う。
いくら細いといえどバスケ部男子。力じゃ敵うわけがなく、



『うわ、』

「!」



ごす、

黒子くんが背中からそのまま床に倒れる。私もそのままつられて倒れそうになったが、咄嗟に腕をついて助かった。
良かったよ カーペットひいてて…
黒子くんに怪我させたらリコに怒られる…



『ごめん 黒子くん、大丈…』



夫、と私の下にいる黒子くんを見たところで、置かれている状況を把握する。
…私が黒子くんを押し倒している…ように見えなくもない。否、今第三者が部屋に来たら絶対にそう思うだろう。
急に黙ってしまった私を心配してか、里穂さん?と黒子くんが見上げる。



『…………』

「…?」



…これはチャンス。
このまま肘を曲げて顔を出し近づければ、キスができる。

…よし!
意を決して、黒子くんを見つめる。スカイブルーの瞳と目が合った。
心臓がうるさい。顔に熱が集まる。
いけ!いっちゃえ私…!



「…里穂さん」

『!…はい!』

「熱があるんですか?顔が赤いです」

『…………』



わ、笑えない。
いくらなんでも もう笑えないよ黒子くん…
彼女の部屋で、彼女と二人っきりで、彼女に押し倒されている状況で…そんなこと言えちゃいます?
私はこんなにも必死なのに、黒子くんは相変わらずポーカーフェイスだ。



「里穂先輩はキスもまだのお子様っスから」



…もしかして、もっと近付きたいと思ってるのは私だけ?



『…黒子くんは、何とも思わないの』

「何の話で『私と二人っきりでいても、何とも思わないの?』



何を聞いてるんだろう私は。
黒子くんは少し驚いた顔をしていた。
でも、溢れてしまったものはもう止まらない。



『私はどきどきもするし、緊張もするし、期待もするよ。…く、黒子くんが好きだから』



違うのかもしれない。
黒子くんは同じ気持ちじゃないのかもしれない。
気付いてほしい。私がどれだけ黒子くんが好きで、一緒にいたいと思っているのか。
距離を縮めたいと思っているのか。



『どうして、』



言いかけたところで、視界が滲んだ。泣き顔を見られたくなくて、黒子くんの上から退く。
私何やってんだろ。押し倒すわ泣くわ…最悪。
服の袖で涙を拭こうとすると、視界にハンカチが見えた。黒子くんのハンカチだ。



『あ、ありがとう…ごめん…』



こんな時にまで黒子くんは優しい。
のに、私は本当に何をやってんだろ…




「ボクも同じです」

『…え?』

「どうすれば気付いてくれますか?ボクは貴女しか見ていないのに」



手からハンカチが落ちた。今度は私が驚く番。



「ボクは里穂さんが思っているより貪欲です。これ以上 貴女を好きになってしまったら…」



黒子くんが私を見て口を閉じる。続く言葉は分からない。そんなことを考える余裕はなかった。
ただ、黒子くんの発言が脳で反響していた。
黒子くんが、私だけを見てくれてる?色気もへったくれもない私を?



『私は…もっと黒子くんに好きになってほしい、よ』

「…………」

『だ、だって私は黒子くんが好きだから…!』



我ながら恥ずかしすぎる発言に視線を反らした。それを許さないかのように黒子くんが私の頬に触れる。
仕方なく顔を上げると、近すぎる彼の瞳。

こ、これは…!



『ちょっと待って!』

「…いいんですよね?」

『い、いいけど!こここ心の準備!』

「出来てます」



黒子くんのじゃなくて私のだよ…!
言いたかったが、更に近付く唇に何も言えなくなる。
ぎゅ、と目を瞑ってスカートを握った。



距離がゼロの温度が唇に触れる。



長い長い時間のように感じた。私も黒子も少しだって動かない。やがて、黒子くんは私の頬をにあった手を離した。

ばくばく心臓がうるさい。
ふわふわした感触とは正反対だ。
ゆっくり目を開けると、黒子くんが思いの外 近くて驚いた。



「顔、真っ赤です」



そう言って顔を凝視する黒子くんに、私は一生敵いそうにない。





(好きすぎて、どうにかなりそうだ)


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