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「黒子っちー、ここ分かんないんスけど」

「どこですか?」

「大問2の(3)」

「ああ、これはですね──…」



どうしてこうなった。

私は古典の教科書を読むフリをして、頭を抱えた。
ここは間違いなく誠凛から一番近い図書館で、神奈川県ではない。
そんな所に何故 海常の黄瀬がいるのかというと、説明は容易い。

どうやら黄瀬は、前に私が参考書を見ていたのを律儀に覚えていたらしく。
黒子くんに「オレも一緒に勉強したいっス!」みたいなメールを送ったに違いない。でなきゃ今ここにいるわけないし。
優しい友達想いな黒子くんは、今日の放課後、私に「黄瀬君も一緒にいいですか?」と聞いてきた。
絶対嫌です!!と声を大にして叫びたかったけれど…

黒子くんにしてみれば、元チームメイトと一緒に勉強するだけのこと。それを私が嫌がれば、ケチな女だと思われかねない。
何せ相手の下心なんて、黒子くんはこれっぽっちも分かってないんだから。



「あ!分かった!さすが黒子っち天才っスね!」

「大袈裟です」



いいよ! なんて笑顔で言っちゃった私を誰か殴って。
良くない!全然良くないよ!この雰囲気じゃお邪魔なのは完全に私じゃん!



「どうしたんスか?里穂先輩、ボーっとして…」



にやり、と嫌味ったらしい笑みを浮かべながら私を見る黄瀬。
こ、こいつ…!!



『や…黄瀬っ…くん、と黒子くんは仲良いなーっと思って…』

「やっぱそう見えるっスよね!」

「黄瀬君、図書館では静かにした方がいいですよ」



コンチキショー!自分がちょっと優位に立てたからって調子にのって!
私がいいって言わなきゃ今頃あんた此処にいないんだらね!?



「次はこの問『私が教えてあげるよ!!』



黄瀬がまた黒子くんに教わろうとしたので、そうはさせるか!と割って入る。
丸テーブルの椅子を黄瀬に近付けた。



「じゃあその間にボクは参考書を探してきます」

『「…いってらっしゃ〜い」』


 
本の山へ消えて行く黒子くんを笑顔で見送った後、お互い同時に溜息をついた。
何でこいつまで溜息ついてんのよ。どう考えてもつきたいのは私でしょーよ。



「そんなあからさまに邪魔しないでほしいっス」

『あんたがさっきから黒子っち黒子っちうるさいんでしょ』

「友達に勉強を教わって何が悪いんスか?」

『下心が見え見えなのよ!』

「そりゃ見えるっスよ。下心しかないっス」

『な、』



いけしゃあしゃあと…!!
もっと包み隠せよ!



「さては里穂先輩、焦ってるんスか?」

『は?何でよ』



認めたくはない。認めたくはないが、私は焦っている。
ライバルが男で焦るなんて、馬鹿みたいだけど…黄瀬が思いのほか本気だ。
獲られちゃうかも、なんて…考えすぎなんだろうか。

焦りがバレないように、目をそらした。
瞬間、髪に何かが触れる。



『…っ!?…ちょ、何!』



横髪を私の耳にかけたのは間違いなく黄瀬の手。
他人に、ましてや男にそんなことをされたのは初めてで、ガタ と椅子が揺れる。
振り払おうとした手を掴まれて、もう片方の手で後頭部を抑えられた。



「そりゃ焦るっスよね」



耳元。
息がかかって、少し身体が震えた。
くそ、こいつ声までいいのか。



「里穂先輩はキスもまだのお子様っスから」



そう言って、私を拘束していた手を離した。
何も言えない私に、黄瀬は再び口角を上げる。



「なんならオレとしてみるっスか?黒子っちと間接キスっスよ」



どうしてキスもまだとかそんなこと、黄瀬が知ってるの。
…もしかして、図書室での会話を聞いてた?

つーか、こいつ…



『調子にのんな!』

「いってえ!」



思いっきり足を踏んでやった。
誰がお前とキスなんかするか!天変地異が起こっても無理!
痛がる黄瀬を放置して、席を立った。



「どこ行くんスか?」

『参考書返してくる!』



完全に此処が図書館ということを忘れていた。
怒鳴ったに近い声を後悔しながら、私は本を返却口へ持っていく。

しまった。もしかしたらさっきのも周りの人に見られてたかも。
思わずさっきまで近かった耳に触れた。
別にドキドキはしてない。いきなりだったから驚いただけだ。



『…誰がお子様よ』



あいつは一々痛いところをついてくる。
"付き合う"という行為が初めての私と黒子くん(恐らく)はどういう頃合いでそういうことをするのか分からない。
手は…繋いだことはある。正直、それだけで私は十分幸せになれる。
今思えば、私は現状に満足ばかりして自分から前へ進もうとしたことはなかったな。



「里穂さん」

『うわ!』



本を返却して、戻ろうとした矢先。
ぐい、と本棚の方へ引っ張られた。



『黒子くん?』

「はい」



びっくりした。
いつもなら黒子くんセンサーが働いてこんなに驚くことはないのに。
考え事をしていたからかな。
黒子くんは無表情のまま、私の顔をじっと見た。



『どうかした?』



本を一緒に探して欲しいとかそんな感じ?
そう尋ねてみたが、返事はない。その代わりに黒子くんの手が掴んでいた腕から手のひらへ。
私の指と黒子くんの指が絡む。



『あ、あの…』

「やっと、二人です」


驚いて黒子くんを見ると、目を細めて笑った。
…やっぱり黄瀬に触れられた時と全然違う。
手を繋いだだけで、こんなドキドキできるじゃん。



「キスもまだなお子様っスから」



…ああ、もう、
私はあいつのせいでどんどん欲張りになっていく。



『黒子くん、大好き』



だから、お願い。





(もう少し、背伸びしたいの)


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