4


日曜日。
今日は特に何の予定もなく、明日から黒子くんとの勉強が始まるため、本屋で参考書を眺めていた。
この本屋はやけに女の子が多い気がする。
気のせいかな?と思いながら参考書のページをめくった。



「あ、里穂先輩じゃないっスか!」



ら、場に不釣り合いな男に話しかけられてしまった。

ゲッ!マジかよ。



『き、黄瀬……くん』

「あはは、何スか その反応!」

『いや…ちょっとびっくりして…』

「黒子っちは今日いないんスか?」



きょろきょろと辺りを見渡す黄瀬。



『いくら何でも毎日一緒にいるわけじゃないって。今日は休日だし』



忘れるわけがない数日前の出来事。
こいつは愛しの黒子くんの唇を奪った男だ。
よくもまあ、いけしゃあしゃあと声をかけてきたもんだな。



「…そうなんスか。で、里穂先輩は何してたんスか?」



ちらりと持っていた本を見られる。
あ、やばい。真面目とか思われたかな。



「参考書?……? 里穂先輩って二年っスよね?何で数A…」

『あ、こっこれは…!』



私は慌てて参考書を元の位置に戻したが、既に遅かった。
黄瀬は理由に気付いてしまったらしく、笑う。



「もしかして黒子っちに教えるためっスか?」

『…………』

「里穂先輩可愛いことするんスね」



何だ この言いようの無い恥ずかしさは。
裏事情を知られたみたいな…
話題を反らしたくて、黄瀬を見上げた。



『黄瀬くんこそ、どうしてここに?』

「あー、今日この本屋でサイン会があったんスよ」

『へぇ、誰の?』



当たり前のように出てきた疑問をぶつけると、黄瀬が目を見開いた。
…おい、何だその反応は。



「あれ、知らない?俺、モデルやってるんスけど」

『は?』



モデル?モデルって…



『モデル!?』

「結構人気なんスよ?今日は写真集発売の記念サイン会」



た、確かに長身だし綺麗な顔だとは思ってたけど…まさか本業の人だったなんて。
あんまり雑誌とか読まないからなー。
バスケできてモデルって…うちの部員に少しでも才能を分けて欲しいくらいだ。



『だから女の子が多かったんだ…』



辺りを見渡すと、店内にいる女の子全員の視線がこちらに注がれていた。
に、睨まれてる…!怖っ!女子怖っ!



「そうだこれ!今日会えた記念にあげるっス!」



そう言って渡されたのは爽やかに笑った黄瀬が表紙のサイン入り写真集。
どこから出した!ていうか別に要らない!イケメンなのは認めるけどすごく要らない!
私は黒子くんの笑顔があれば充分だ!



『いや…いいよ。別の人にあげた方が…』

「遠慮しなくていいっスよ!あ、でも感想聞かせてください!……えーっと、赤外線でいいっスか?」



えええ!?アドレスまで交換するの!?ていうか感想送らなきゃいけないの!?
一度に色んな義務が増え過ぎて頭がついていかない。



「里穂先輩?」

『な、何考えてるの?』

「え?」

『言っておくけど!私はこの前のこと忘れたわけじゃないからね!』



黄瀬は一瞬きょとん、として再び綺麗な笑顔を見せた。



「場所、変えた方がいいっスね」





















「里穂先輩 アイスティーでよかったっスか?」



場所はとあるオシャレな個室があるカフェ。
なんでも、黄瀬が前に撮影で来た時に美味しかったらしい。
ついて来ておいてなんだけど、私さっさと帰るべきだったよね。
何で私は今黄瀬とカフェでお茶しているんだ。



「アイスティー お二つでよろしいですか?」



メニューが聞きにきたお姉さんはもう既に顔が赤くなっている。
それにいくら個室に入ってるとはいえ、カフェに入って来た時から店内がざわついている気がする。
…場所変えた意味あるのかな、これ。



「あ、あとチーズケーキも二つ」

『え!?いいよ飲み物だけで!』



飲む物だけ飲んでさっさと帰りたいんだ こっちは!



「まあまあ、此処のチーズケーキすげえ美味いんスよ」

『…………』



キラースマイルとも取れるそれに何も言えなくなってしまった。
…いや負けるな私。図書室での光景を思い出せ!

店員が部屋を出て行ったのを確認し、黄瀬を見る。



『単刀直入に聞くけど、あんた黒子くんが好きなの?』

「…先輩、自分の言ってることおかしいって思わないっスか?オレ男っスよ?」



…こいつ、しらを切るつもりか!



『思うよ。思うけど黄瀬がどうとかじゃなくて、黒子くんは魅力的だから男にモテても納得すべきかなって』



黄瀬は綺麗な目を丸くした。
これはよく考えた末の結論だ。
世の中には色々な人がいるんだし、もしモデルで女の子には困らない存在の彼が"そっち系"でも偏見を持つわけじゃない。
むしろ、そんな彼を虜にしてしまった黒子くんの魅力が恐ろしいくらいだ。



「あんた、どんだけ黒子っちが好きなんスか…」

『黄瀬が思ってる一億倍は好きかな』



どや、と胸をはると笑われた。



『で、黄瀬は「好きっスよ」



さっきの笑顔とは一転し、真剣な面持ち。
くっそ、イケメンはこれだから嫌だ。



「好きじゃなけりゃあんなことしないっス」



だよねー。



「帝光にいた頃からずっと好きだった」



でも今は私の彼氏だから近づかないで!
そう言ってやるつもりだった。
だけど自嘲ぎみに笑った黄瀬に、声が出ない。
言わなきゃ。今言わずしていつ言うの私…!



『あ「だから、ぽっと出の里穂先輩には負ける気しないっス!」

『………は?』



思わず耳を疑った。
こいつ…今なんと…?



「実はライバルは初めてじゃないんスよ。帝光にいた時のマネージャーも黒子っちのこと狙ってたし」

『な…っ!?』



何それ何それ何それ!!!
聞いてないよ黒子くん!!!



「ぶっちゃけ、あのマネージャー相手だから諦めてたんスよね。美人だったしマネとしても非の打ち所なかったし、何よりスタイル抜群」



黄瀬が何を言いたいか、なんとなく分かった。
つまり、それに比べて私は、



「だけど、久しぶりに会った黒子っちの彼女が里穂先輩っスよ?
見た目 並、スタイル並、マネージャーとして飛び抜けた能力があるわけでもない」



そりゃあ、私はリコみたいに身体を見ただけで能力測定できるわけでも、帝光のマネージャーみたいに美人でスタイルがいいわけでもない。
…今まで気にしていなかったと言えば、嘘になる。
何をとっても平均(もしくはそれ以下)の私は、黄瀬にそう言われたって仕方ないのかも知れない。



「と、いうわけで里穂先輩、」



黒子っちください。



「お待たせしました〜、チーズケーキとアイスティーになります」

「あ、どうもっス」



店員さんが持ってきたチーズケーキとアイスティーを眺めた。
黄瀬が言った言葉が脳内で反響する。

黒子っちください。
……黒子っちください…?
…落ち着いて私。
一旦 アイスティーを飲んで、深呼吸。



『…………』



…よし、いける。
ケーキを頬張る黄瀬を見た。



『一昨日来たって渡さない』



かちゃり とフォークを置く黄瀬。



「…交渉決裂っスね。じゃあオレ本気で獲りにいくっス」



こいつのこの自信は一体どこからくるのだろう。
黒子くんは私の彼氏で、私は黒子くんの彼女だ。だから不安になることなんて、ないはず…なのに。

…どうして、こんなにも不安なの。



「どっちに転んでも恨みっこなしっスよ?」

『望むところ』



試合開始のコングが鳴った。





(こっちだって、負ける気はしない)


prev | next

戻る