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例えば、他校の生徒が何故うちの学校の図書室にいるのか とか。
例えば、学校でそんなことをするべきではない とか。
もっと言えば、普通はその位置には私がいるべきじゃないか とか。



『…………』

「…………」

「…………」



夕暮れ時の図書室。
同性にしては近い位置にいる水色と黄色。
いや、近いっていうか距離はゼロだ。
…つまりはそう、あれだ。あれをしていた。
男と男が。黒子くんと黄瀬が。



所謂キスというやつを。



何故こんな衝撃的シーンに鉢合わせしてしまったかと言うと、事の発端は数時間前に遡る。

私が一日の授業が終わり、帰る準備をしていた時。黒子くんがうちの教室に来た。
委員会の仕事があるので先に帰っていて欲しい。そう言われた。
遅くなるから待たせるわけにはいかない、と。
変なところで頑固な黒子くんは、待ってると言った私に一歩も譲ってはくれなかった。
しかし、私がそこで大人しく帰るはずがない。
私は取り敢えず黒子くんが納得するように頷いたが、頷いただけ。黒子くんが帰る頃に図書室に行って驚かせてやろう。
「仕方ないですね」 そう言って、笑って許してくれるのを私は知っていた。



そんな、軽い気持ちだった。



なのに、今 目の前に広がっている光景は一体なんなの。
私に気付いたらしく「あ、」と声を上げて黄瀬は黒子くんから離れた。
黒子くんは微かに目を見開いている。



「あー、やべ」



頭をかきながら、黄瀬が困ったように笑う。
いや、困ってるのはこっちだ。
感情のキャパシティの限界を遥か超えてしまっている。
この場合、私はどうすればいいんだろう。逆に冷静に考えられる気さえする。



「…じゃ、オレ帰るっス」



海常学園。そう刺繍された制カバンを持って、出入り口に立つ私に近づいた。



「里穂先輩も、お疲れ様っス」

『…………』



感情より、身体が先に動いた。
すれ違いに出て行こうとする黄瀬の腕を掴む。
そして、驚いて振り返る黄瀬の急所めがけて足を振り上げた。



「…いっ!?」



見事命中。
黄瀬は蹲ったが、そんなこと構わず図書室の外へ押し出した。



「な、何するんスか!」

『死ね』



ぴしゃん!

それだけ言って、図書室のドアを閉めた。



「…………」

『…………』



図書室の中には私と黒子くんの二人きり。
数秒の沈黙の後、口を開いたのは意外にも黒子くんだった。



「里穂さん」

『…はい』

「今のは事故です」



ほーぉ、事故。事故には見えませんでしたけど。黄瀬はがっちり黒子くんの肩を掴んでたわけだし?
ってそんな嫌味なこと考えてどうする私。
女の子ならまだしも、相手は男だよ。
…そう、男だ。男が唇を奪ったんだ。私の彼氏の。何だそれ。



『……あの、黒子くん。これだけは真面目に答えて欲しいんだけど…』

「はい」

『さっきのは…同意の上で…?』



黒子くんを見る。黒子くんも私を見た。
真っ直ぐ目と目が合う。



「そんなわけないじゃないですか。黄瀬くんは男ですよ」

『…ほんとに?』

「他の人の考えは知りませんが、ボクはできれば女性としたいです。
それに、仮にボクが"そういう趣味"なら里穂さんとは付き合っていません」



だ、だよね。
なんだ、それじゃあ本当に事故だったんだ。
ホッ、と胸を撫で下ろした瞬間。
黒子くんが問題発言をする。



「黄瀬くんに好きだと言われました」

『えっ!?』



それって こ、こくは…
いやいやいや!相手は男だ男!



『そっ、それで…何て答えたの?』

「何も。答えようとしたらああなったので」

『……へえ…』

「冗談好きは中学から変わってないみたいです」



冗談?わざわざ冗談でそんなこと言いに学校にきたの?



『…………』

「里穂さん?」



冗談なんかじゃない。
黒子くんにその気は無くても、相手はそうじゃないはずだ。
根拠はないけれど。
黄瀬の去り際のあの瞳は、間違い無く、



『…黒子くんは、何て言おうとしたの?』

「黄瀬くんのことは嫌いではないです。まあ次会ったら一発殴るかもしれませんが」

『…私のこと、は?』



馬鹿だ私は。そんなの、分かってることなのに。
でも、今 どうしても黒子くんの口から聞きたい。
何だか今は黒子くんを困らせたくて仕方がないのだ。
…かといって、私が顔を見てそんなこと聞けるはずもなく。無意識に俯いてしまう。

フ、と頭上に影が落ちた。
黒子くんの靴が視界の端に映る。



「違っていたらすみません。それは…やきもち、ですか?」

『き、聞いてるのは私なんだけど』



図星をつかれて、ついキツい言い方をしてしまう。
早く。早く言ってよ、黒子くん。



「…里穂さんが答えてくれるまで、ボクも言いません」

『な、』



ずるい。
さっきまでは私が優勢だったのに。駆け引きが苦手なの知っててわざと仕掛けてきてるんだ。
そして、結局 私が折れることになることも、黒子くんはお見通しなんだ。



『…私だってまだ…き、キス…とかしたことないのに…』

「はい」

『まさか、先越されるなんて思わないじゃん…しかも、男に』

「それは…ボクも予想外です」

『だから、悔しいよ。…彼女だし…一応』



自分でも答えになってるかは分からない。けれど黒子くんは納得してくれたようで。
私と更に距離を縮め、優しい声で私を呼んだ。



「顔を上げてください」

『嫌だよ。今絶対キモい』

「顔を見て言いたいです」

『嫌です』

「里穂さん」

『………....』



再び名前を呼ばれて、私はどこまで黒子くんに甘いんだと思いながら顔を上げた。
思っていたより距離が近くて、一瞬息が出来ない。



「好きです、里穂さん」



何か返さなきゃ、
そう思って口を開いた。



『…私も、です』




もう 本当、大好き。





(顔が赤いのは、夕日のせいだ)


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