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『………雨だね』

「……雨ですね」

「…雨っスね」



いつものように(不本意ながら)三人で図書館で勉強していた帰りのこと。
昼頃まで晴天だった空はバケツをひっくり返したような豪雨だった。
図書館の出入り口で立ち尽くす私達の中に傘なんてものを持つ人がいるわけもなく。



『雨降るなんて言ってたっけ』

「夕立ちじゃないっスか?」

「しばらくは止みそうにありませんね…」



ここでサッと折り畳み傘なんかを出せば私の好感度アップなのに!!
残念ながら置き傘は学校にある。本当に残念だ。



『ダッシュで帰るしか…』

「ええ!?まじスか!?こんな雨の中を?」

『だってこの辺りコンビニも結構距離あるよね?』

「はい」



つーか黄瀬はそのまま濡れて帰れ。
大丈夫だよ。何とかは風邪ひかないっていうし。むしろ風邪ひいて家に篭ってほしい。
そんな願望をグッと我慢して、空を見上げると急に黒いものが視界を覆った。



『うあ!』



落ちそうになったそれをぎりぎりのところで手に取る。見ると、うちの学校の制服だった。
驚いてさっきまでそれを着ていた黒子くんを見る。
ブラウス姿も素敵だ。……じゃなくて!!



「被ってください。風邪を引くといけないので」

『だ、駄目だよ!』



間髪入れずに答える。
一瞬やっぱり優しい黒子くんにときめいてしまったが、それとこれとは別。
そんなことをしたら黒子が風邪を引いてしまう。



『私は大丈夫だから!黒子くんの方が風邪をひいたら大変じゃん』



もし本当に体調を崩すようなことがあれば、リコに何て言われるか。
それでなくてもマネージャーらしいことなんて出来てないのに。



『私 結構丈夫だからさ!』

「ボクの方が丈夫です」



いやそれは絶対ないから!!
黒子くんに上着を押し付けるが、受け取ってくれない。
こんなところで頑固を発揮しないでよ!!



「…じゃあこうすればいいっスよ」



黙ってやり取りを見ていた黄瀬が、あろうことか自分のブレザーを黒子くんに被せた。
火神くんと大差ない身長の黄瀬のブレザーは、黒子くんの頭を覆うには十分で。



「オレと黒子っちがこれで帰ればよくないっスか?」

「……重いです」



黒子くんが迷惑そうにブレザーを頭から下ろした。黄瀬は嬉しそうに微笑んでいる。
待て待て。それは何だ?この雨の中、二人してブレザー被って帰るってことか?
傘より小さい、そんな近い距離で?



『それは駄目!!!』



思わず声を上げた。
阻止…!断固阻止だ それだけは!!
黄瀬め!思い通りにさせてたまるもんですか!
黄瀬を睨もうとしたが、黒子くんの不思議そうな視線に気づいて、ハッと我に返る。



『あ、えーっと…そう!うちに来ればいいよ!』

「里穂さんの家に?」

『うん。ここからだと私の家が一番近いし、うちまで来れば傘もあるよ』



ナイス!私の口から出まかせ!
黄瀬を家に入れるのは嫌だけど二人で密着して帰らせるよりはマシだ。
ね?と笑って言うと、黒子くんは納得してくれた。黄瀬も黄瀬で、黒子っちがそう言うなら、と了承した。

























『どうぞー』

「お邪魔します」

「お邪魔するっス」



家までは、さっきの黄瀬の案で走った。
意味無いじゃん!と思ったけど、必要以上に反対するのもおかしいし、何よりそれが黒子くんが濡れないための最善の策だったから仕方が無い。
しかし思ったより濡れてしまった。
私は一人で上着を借りたから二人よりはマシだけど。
黄瀬と黒子は頭こそ無事だが胸から下がずぶ濡れだ。

とりあえず二人にリビングに上がってもらい、バスタオルを手渡す。
その時、黒子くんが小さくクシャミをした。
可愛…じゃなくて!!こんな時にまで何考えてるんだ私は!!



『シャワー浴びる?その間に制服乾燥機かけるよ』

「…いえ、いくらなんでもそこまでは…」

『私が嫌なの!着替え…お父さんのしかないけど持ってくるから、ブラウス脱いでね。黄瀬くんも』

「「………」」



本当は黄瀬なんかどうでもいいけど!!仕方なく!!仕方なくだからね!!
テキパキと準備をしていると、黒子くんが私の名前を呼んだ。



「里穂さんからシャワー浴びてください」

『え?いや、私はそんな濡れてな…』



い、そう言おうとしたら手を取られた。
突然のことに赤くもなれない私はただ黒子くんを見ることしかできなかった。



「…冷たいです。お願いなので、先に入ってください」



は、はい。
すぐに答えそうになったが、邪魔者が一人。



「そうっスよ!里穂先輩は女の子なんスから身体冷やしちゃ駄目っス」

「黄瀬君と同意見なのは認めたくありませんが、ボクもそう思います」

「ヒデェ!」



そこではたと気付く。
私がお風呂に入るということは、つまりその間 黒子くんと黄瀬は、



『待って やっぱり私、』

「往生際悪いっスよ〜」



私の身体をクルリと返して、肩を押す黄瀬。
踏ん張ろうとしたけどフローリングで滑ってそのままリビングを出でしまった。



『いやちょっと待ってってば!ちょっ、』



ばたん。

虚しく閉まるドア。
寸前、黄瀬が妖しく笑っていたのを私は見逃さなかった。

緊急事態発生、だ。





(いくらなんでもヤバすぎる)


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