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もっとちゃんと話したかったな、なんてね。










「お帰りなさいませ ご主人様っ!こちらへどうぞ?」



今日の池袋の天気は快晴。
まろんが私の後輩になって三日目。ぶりっ子も健在だ。
よくもまあ、そんな甘ったるい声出せるもんだ。語尾を上げるのがポイントらしい。



『ここまできたら尊敬の域ですな』

「じゃあリホっちもやってみればー?」

「意外とハマるかもっすよ?」

『いやいや冗談よして下さいよ』



狩沢さん達はニヤニヤしながら私を見たが、気付かないフリをした。
こういう時は大概 嫌なこと(主に私にとって)を考えているに決まってる。



「そういえばリホっちー」

『はい?』

「まろんちゃんとプライベートで会ったりする?」

『会うわけないじゃないですか〜。そんな仲良しなわけじゃないし…』

「仲良く見えるんすけどねえ」

『ちょ、やめてくださいよ!そんなんじゃないです!』

「ツンデレっすか?」



ゆまっちさんのツッコミは無視をして。
昨日、ロッカールームされた相談事を思い出した。
あれは本当に嘘だったんだろうか。
あの時のまろんの様子からして冗談とは思えなかったけど…
とは言え相手はあのまろんだ。演技だと言われれば納得は納得なんだよね。



「そっか、じゃあ交友関係なんて分かるわけないよね〜」

『?…何か「何のお話してるんですかぁ?」



狩沢さんの言葉に聞き返そうとしたが、まろんが間に割って入ってきた。
にっこりと笑って小首をかしげる。



「まろんちゃんさー、昨日バイト終わってから何してた?」

「…?普通に家に帰ってお風呂入って寝ましたよ?」

「…そっか、それじゃ夜中に外に出ないよねぇ」

「はいっ!夜更かしはお肌の天敵ですよう!」

『どうしてそんなこと?』



次は私が首を傾げる番だ。
狩沢さんがゆまっちさんと顔を見合わせる。



「昨日 夜中にゆまっちがまろんちゃんに似てる子見たって言うからちょっと聞いてみたの!
……やっぱりゆまっちの見間違いじゃーん」

「あれー、おかしいっすねー。俺としたことが!」



ゆまっちさんのオーバーリアクションに笑った時だった。
からんからん、と入店のベルが鳴る。



「お帰りなさいま…あっ!!」



まろんが声を上げると同時に私は持っていたシルバーのトレイをおとした。
ざわつく店内。そんな中、狩沢さんだけが楽しそうに彼の名前を呼んだ。



「シズシズだ!」









数分後。









「来てくださったんですね!まろん すごく嬉しいっ!」

「あ、ああ…」

「おいおい静雄、いつの間にこんな可愛い子と知り合ったんだ?」



いやその前に何でこうなったんだ?
シズさんは戸惑いまくりで周りをキョロキョロ見渡しているし、トムさんは私を見つけて手を降る。
まろんはと言えばシズさんにぶりっ子全開。何このカオスな空間。
…とりあえず、トムさんを無視するわけにはいかないのでそっと近付いた。



『一体何事ですか?』

「いやな、俺も静雄も金欠なんだわ。静雄がサービスしてくれる店あるっつーから来てみりゃ此所だったわけだ」

『こ、困りますよ!それでなくてもシズさんは前の一件で半分 出禁みたいなもんなのに!』



前の一件というのはもちろん、シズさんが臨也さんと店をめちゃくちゃにした件だ。
もうトムさん!頼れるのはあんたくらいなんだから しっかりしてくれなきゃ困るよ!



「俺はとりあえずアイスコーヒー。静雄は?」

「え?…あー、同じで」

「んじゃ、アイスコーヒー二つ」

「かしこまりました!ご主人様っ!」



厨房に入ったまろんを追い掛ける。
前にもシズさんと会ったことあるような口振りだった。
余計なこと口走る前に先手を打たなくては。



『まろん!』

「どうしようリホ先輩!」

『は?』



厨房に入るなりくるりと回って私を見るまろん。
どうしようはこっちの台詞だよ。



「前言ってた運命の人!あの人なんです!」

『あー、なんかそんなこと言ってたね。……?…あの人?』

「平和島静雄さんですっ!」



先手打たれてたァアアア!!!
既に私の想像以上にややこしいことになってたよ!
シズさん何したの!?



『何でまたよりによってシズ…平和島静雄…?まろんならもっといい人いるじゃん…』

「前に先輩と外回り行った日あるじゃないですかぁ、その時にしつこかった人達を追っ払ってくれたんですよー」



私がいない隙にそんなことが起きていたとは…
なんて恐ろしい街なんだ、池袋。
まろんは今にも鼻歌を歌いそうなテンションでコーヒーを入れたグラスをトレイにのせる。
そしてガムシロップとミルクを一つずつ用意する。



『あ、ちょっとストップ』

「…?」



シズさんめ、苦いの駄目なくせによくアイスコーヒーなんて頼んだな。
きっと慣れてないから何も考えないでトムさんと同じものを頼んだんだろう。
私は更に二つガムシロップを取って、まろんが持つトレイにのせた。


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