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いつか、終わりがくるのだろうか








「神崎、いい加減腹をくくれ」



放課後の職員室で、私は言いようのない汗をかきながら担任の先生に追い詰められていた。
先生のデスクにあるのは"三者面談"の手紙。



「うちのクラスで出ていないのは神崎だけだ」

『いやー…』



神崎里穂、人生最大のピンチだ。
今まで歳のわりに多くの修羅場を乗り越えてきたつもりだが、これはそのトップ5に入るかもしれない。
三者面談だなんて…よりによって"三者"だなんて。



「高校三年生の大切な面談だ。進路のことだって話し合わなきゃいけないんだぞ」

『わ、私と先生だけじゃダメなんですか?ほら、進路ったって私は就職するつもりだし…』

「…神崎…」



四十を過ぎたベテランの先生にため息をつかせて申し訳ない。
が、私はこれだけは譲るわけにはいかないんです先生。



「…お前の担任は初めてじゃない。家の事情も把握しているつもりだ」

『…………』

「だが、就職するにしても進学するにしても、どちらにせよ三者で面談はする。
…今は知り合いの家で居候させてもらってるんだろう?その人に来てもらったらどうだ?」



シズさん…?シズさんに来てもらうの?シズさんと私と先生で面談?
…いやいやいや無いわー。ちょっと想像できない。大体シズさんに進路とか理解できるのかな。
しばらく黙っていると、先生が私の前に手紙を差し出す。



「もうこの際、親身になってくれる大人なら誰でもいい。神崎が信頼できる人を呼んできなさい」



最大の譲歩に、私は頷くしかなかった。

『失礼しましたー』と職員室を出ると、すぐ前に真央ちゃんが立っていた。
待っててくれたんだ!珍しい!
いつもは頼んでも先に帰っちゃうのに!



「先生、何て?」

『誰でもいいから大人を連れて来いって』

「今回はさすがに誤魔化せないか」



あの先生は私が入学した時からお世話になっている先生で、今年で三年目になる。
三者面談は一年の時からあったけど、その度に私は手紙の提出を先延ばしにし、結局私と先生の二者面談に持ち込んできた。
だけど真央ちゃんの言う通り、今回ばかりはそうもいかないらしい。



「なんならうちの親に頼もうか?」



真央ちゃんのお母さんは、私を小学校の時から知っている。
お母さん同士が仲が良かったこともあって事情も把握してくれているけど…



『…大丈夫!多分なんとかなるっしょ!』

「…里穂、あんた…」

『ん?』

「……いや何でもない。でも本当に誰もいないなら遠慮なく言いなよ?」

『うん、ありがとう真央ちゃん』










♂♀









『というわけなんです』



全ての事情を話し、三者面談の手紙をテーブルの上に置いた。
その手紙に視線を向けたのはシズさん…ではなく、シズさんの幼なじみである新羅さんだ。
学校帰りにそのままマンションにお邪魔した私。セルティさんはノートパソコンのキーボードをたたき、画面をこちらに向けた。



《それで新羅に頼みに来たのか?》

『はい』

「何で僕?他にも頼りになる大人はいるだろう?」

『私だって考えましたよ…!!』



ここに来るまでに、私は数少ない脳細胞をフル活用して周りにいる大人を考えた。
シズさん、臨也さん、セルティさん、新羅さん、サイモンさん、ドタチンさん達…
サイモンさんやドタチンさん達はあまり関わりが無いから却下として、残るは四人。



『…そして私は思ったんです。
私の周り、ろくな大人いねぇ』

「…確かにね」



何これ。喧嘩人形と情報屋と闇医者と妖精って何だよ。一番常識人のセルティさんに至ってはもはや人間ですらないよ。
つーか新羅さんも納得してんじゃねーよ!



『私は初めて自分の人望を疑いましたよ。せめてセルティさんに頭があれば…』

《す、すまない…》

『ああいや、セルティさんは悪くないんですよ…』

「それでどうして私なんだい?臨也なら喜んで引き受けそうだけど」

『消去法です。臨也さんになんて頼んだら後が恐い』



見返りに何をされるか分からないし、シズさんにバレた時のことを考えると…いや、考えたくない。恐ろしい。



「だからって、静雄を差し置いて僕が行くのは気が引けるなあ」

《何故 静雄は駄目なんだ?》

『別にダメってわけじゃないですけど…』



私が危惧しているのは、自分がシズさんと知り合いなのがバレるかもしれないということではない。
もし面談中にシズさんの機嫌が悪くなったとしたら。そんでもって暴れてしまったら。
私は進路どころか学校も通えなくなる。

………それに、



「もしかして、静雄に遠慮をしてるのかい?」



自分でもよく分からなかった。これは遠慮なのだろうか。
でも新羅さんに何も言い返せないということは、多分そうなんだろう。
ただ、先生と三人で話すだけのことだ。なのに私はどうして迷ってるんだ。



「遠慮なんて、今更さ。君と暮らすことを決めた時から静雄には責任がある。大人だからね」



新羅さんのその言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。




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